懺悔
紬が真紀と初めて会ったのは、4歳の時だった。
そのころから穴掘りが好きだった。幼稚園では先生の隙を見つけては外でただひたすらに穴を掘っていた。
まわりの子が何人か遊びに誘いに来ても、無視をするか生返事が返るだけだ。いつの間にか真紀に話しかける人はいなくなったが、当の本人はそのことを全く気にしていなかった。
変なヤツ、それが紬が真紀に対して抱いた最初の感想だった。
「周防、ゆい?」
小学校に上がって、初めて声をかけられた。と言っても、授業の一環であるペアワークの時だ。
「ゆいじゃない、つむぎ。つ、む、ぎ」
「ゆいの方が言いやすい。こっちに改名したら」
「しないから!」
きょとん、とした顔でこちらを見つめる真紀は本当になぜ反対されるのかわからないというようだった。
ものすごく怒った。
それでも、心の奥底では少し嬉しかっかのを覚えている。
それから真紀と一緒にいることが増えた。
真紀と過ごすのは、紬にとって本当に楽だった。何も気をつかわなくていい、唯一素の自分でいられる場所だった。
悲しい時、辛い時、真紀は何も言わずに傍にいてくれた。
紬にとって、真紀は『特別』になった。
中学に入って真紀は委員会に入った。
委員会の先輩は、真紀より二つ上の三年生だった。
自分がやりたいようにやる真紀が、ちゃんと委員会に行くようになった時には驚いた。
たまに委員会活動をしている姿を見かけると、傍らには先輩がついていることが多かった。
———委員会活動を通して真紀も少しは変わってくれたのかな。
しばらく紬はそう思っていた。
———でも、違った。
真紀の根っこは変わっていなかったことに、付き合いの長い紬はすぐに気が付いた。
———やりたいようにやる。そこにいたいから‥‥‥いる。
何一つ変わってなどいなかったのだ。
「‥‥‥そのことに、真紀自身が気付いているのかは最後まで分からずじまいだったけどね」
「言ってあげないの?」
「言わないよ。それに、わたし何かが言ったところで、伝わるとも思えないし」
そんなことより、早く行こ、と笑顔を張り付けて紬は早歩きで教室に向かう。
「本当にそれでいいの?」
ななせは立ち止まってそう言った。
立ち止まったななせに紬が気付くのが少し遅れたため、二人の間に少しばかり距離ができる。
「さっき紬が言ったじゃん。そこにいたいからいる、って。なら、紬と一緒に居るのだって『そこにいたいから』じゃないの」
———わたしは罰を受けるべきなのに。
『紬、なんか隠してるよね?』
———確かにわたしは真紀に救われた。
『言ってくれなきゃ、助けられないよ』
———それじゃあ、真紀は?
『わたしに何かしてほしいなら、ちゃんと話しなよ』
———わたしは何もできなかった。真紀を‥‥‥救えなかった。
「ねぇ、紬は真紀を守りたいの? わたしの知ってる紬と真紀は守りあったりしてなかった。支えあってたと思うよ」
「‥‥‥」
「あの子を大事にしすぎて、自分のこと後回しになってるんじゃないの。‥‥‥わたしはね、二人が心から笑顔でいられるならそれでいいんだよ」
そういってななせは一歩、また一歩と近づく。
「ごめん、ななせ。だったら、今は‥‥‥笑えないよ」
顔を両腕で覆い情けなくも溢れだしそうになるものを必死で押しとめる。持っていた教科書類が床に落ちてしまったが、そんなことを気にする余裕はなかった。
「ほら、行くところがあるんでしょ?」
片づけはわたしがしておくから、と紬に微笑みかけた。
紬の目頭が熱くなった。
痛い。生きているのがつらい。いっそのこと心臓を取り出してしまいたい。
それほど、痛くて、辛くて、苦しい。
しかしそれらすべてが自分自身への罰なのだと思って受け入れた。
———いや、そう思おうとしていただけだった。
真紀のことを考えながら、恐れていたのは彼女から拒絶されることだけだった。
彼女が自分と一緒にいるのは必要以上に干渉しなかったからだ。なら、必要以上に干渉したらどうなるのだろうか。
そう思うと、今の関係を壊す勇気が出なかった。
自分が傷つかないことばかり考えて、逃げた臆病者に今さら何ができるだろうか。
「紬、大丈夫だよ。きっと、真紀だって紬のことを待ってるよ」
「うん、言ってくる」
大きく息を吸って、紬は一歩を踏み出した。
———ありがとう、ななせ。
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