監禁って言ってもふんわりしたやつですよ

「仕事辞めましょう。吉良さん、自分で思ってるよりストレスやばいですよ。顔色も悪いし」

「⋯⋯カンキンって何?」

 ようやく聞けたのはそれだった。

 坂口は口を押さえて動揺して見せた。

「僕、監禁って言いましたか。すみません、言い間違えました。ええっと、僕の家でゆっくり過ごしませんか? 仕事を忘れて、無償で」

 言い換えられるとより怖いな、と思った。


「ああ、いや、よく分からんけど。申し訳ないし。俺これから仕事あるから、また今度な」

「いや、今すぐうちに来てください。死にそうな顔してますよ」

「何言ってんだ。こんな急に休めるわけないだろ。うちの会社に三日間だけとはいえ、いたんだから分かるだろ」

「だからこそですよ。吉良さん、ストレスレベルが毎日毎日マックスの百近いんですよ」

「なんの話? スカウターでもつけてんの坂口くん」


 電車がホームに入ってきた。未だ掴まれている腕を振り払うが再度掴まれる。周りの人がこちらを見ているのが分かる。俺がか弱い女の子なら、誰かが助けてくれたのかもしれないが、サラリーマン風情の若造には近寄ってきすらしない。


「俺、あの電車乗るからさ!」

 引っ張る腕に対して、流石に声を荒げた。一緒についてこられてでも乗ろうと、駆け込むが車両に入り込む前に抱き寄せられて、なんかもう色々限界だった。

「離せって」


 電車に手を伸ばすが、無情にもホームドアは閉まって、行ってしまった。呆然とする。スマートウォッチを確認すると、どうにも間に合わない時刻だった。道路が混雑していることを考えると、タクシーに乗っても駄目。今日のミーティングの生贄は俺に決まりだ。


「吉良さんがつけてるスマートウォッチ、僕が送ったんです」

「は?」

 涙目になりながら、坂口ことお邪魔虫クソ野郎の体に手を突っぱねると、さらに意味が分からないことを言われる。

「僕、吉良さんのことが本当に心配で、心配で心配で心配で。こんなに心優しい人があんな本当の黒、みたいな会社にいたら汚れてしまうって心配で」

「どういうこと? 抽選で当たったやつなんだけど、これ」

 会社に遅刻の連絡をしなければいけないと思いながら、気が重くて、スマホを取り出すことができない。

「抽選で当たったと見せかけて、僕が送りました」

「っ⋯⋯! ただの詐欺じゃねーか。俺の睡眠時間とか位置情報とかの個人情報、全部お前に送られてたってこと? 何それ」

 坂口が真剣な眼差しで頷くのを見て、頭を抱えた。


 ストーカーなのか? 気持ちが悪くて、スマートウォッチを引き剥がすように取って、鞄に突っ込む。

 耐えきれなくなり、頭を掻きむしった。

「あー、まじ最悪まじ最悪。なんなんお前、俺のこと嫌いなわけ?」

「大好きですよ!」

 憤慨だ、みたいな勢いで否定されて、うげっと怯む。好きだからストーカーされるのと嫌いだから付き纏われるの、どっちも最悪だ。しかも野郎かよ。


「時計お贈りしてから毎日、吉良さんの体調見てました。ここ二週間くらい、睡眠時間は平均三時間だしストレスマックスだし、あんまりにも心配で。できること考えて、監禁、じゃなくて、うちでゆっくりしてもらおうかなって」


 近くの柱にもたれかかりながら、キャパオーバーになった脳がぼーっとしてくるのを感じた。朝から疲れた、睡眠時間はこいつの言う通り、確かに足りてない。ストレスは自分では分からない。胃は常に痛いけれど。


 あ、そうか、と口を開く。

「最近、俺が見る変な夢もお前のせいなのか」

「変な夢?」

「熊に襲われるけど、上司の方が怖い夢」

 坂口は、少し考え込んで首を振った。なんでそんなピュアな目できるんだよ、怖いんだよ、余計。やたらに切長で綺麗な瞳を見て思う。

「いや、そんな機能はないです。単純に追い詰められてるからまともに眠れてないんですよ、脳のSOSです」

「……」


 坂口は、にこりと笑ってみせた。会社で接した三日間は顔色が悪いやつだな、としか印象のなかった顔は、活力に満ち溢れていて比較的健康的に見えた。


「僕、吉良さんに出会えたおかげで、生きる意味を見つけられました。そんな話をしたいんです。とりあえず、カフェにでも行きませんか?」

「こわ……」

「まともに朝ごはんも食べてないでしょ? 体重軽すぎですよ吉良さん」

「体重もバレてんのか、怖すぎるんだけど」

 爽やかな笑顔でリュックを奪われる。前を行く背中をフラフラと追いかけた。


 そのあと、誘われるがままに入ったカフェのふかふかなソファで、エッグベネディクトを食べた。

 会社からかかってきた電話に坂口が勝手に出て、「吉良さんは倒れてしまって当分行けない」と大嘘をついているのを見て、何とも言えない気持ちになった。


 いいことなのかは分からないけれど、十回目の悪夢は見ない気がする。別の悪夢を見るのかもしれないけれど。

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後輩がスマートなストーカーになってた話 安座ぺん @menimega

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