奇妙な鍋焼きうどん

鬱ノ

奇妙な鍋焼きうどん

同じネカフェで働くバイト仲間のKが妙な話をしていた。

彼は昨日、帰り道にスーパーで冷凍の鍋焼きうどんを買ったそうだ。帰宅して、開封したアルミ鍋をコンロにかけ火をつけた。しばらくすると、グツグツ煮え立つ汁の中から正体不明の食材が浮かび上がってきたという。

梅干しくらいの大きさの灰色の球体で、表面から濃い赤色の小さな突起物が無数に出ていた。パッと見、キノコのような質感だったらしい。初めて見る食べ物なのに、どこかで見たことあるような気もする。とりあえず彼は食べてみた。食感はグニグニしていて、特に味はしなかったそうだ。ただ、飲み込んだ後も、舌にわずかにざらつく感触が残り、何度水を飲んでも消えなかったという。食べ終わった後、正体が気になって、Kはパッケージフィルムを確認した。貼られていたシールには「鍋焼きうどん」と、値段の516円としか書かれていない。原材料の記載はどこにもなく、あとはレジ用のバーコードだけだった。彼は「球体の写真を撮っておけばよかった」と後悔していた。お腹を壊しても、店にクレームをつける証拠がないからだ。


その話をした翌日、Kはバイトを休んだ。心配して電話をすると、新型コロナウイルスに罹患したとのことだった。彼は前日の鍋焼きうどんの話には触れず、それどころではない様子だった。しかしコロナと聞いて、僕は真っ先に鍋焼きうどんとの関連を疑った。

Kが語った謎の食材の形状は、メディアで頻繁に使われていた新型コロナウイルスのイメージモデルとそっくりだった。灰色の球体は、ウイルスの脂質二重層で構成されたエンベロープを模していて、無数の赤い小さな突起物はスパイクタンパク質の構造を思わせた。もちろん、ウイルスそのものだとは思わなかったが、形を真似ていることは間違いない。イタズラであれば悪質だし、コロナに罹患したのは偶然とは思えなかった。


数日間、Kは自宅療養を続けていたが、ある夜心配になるようなLINEが来た。


「重篤化した」


一瞬、パニックに陥った。Kの家に駆けつけようとしたけど、何もできないし、重篤化したなら緊急入院しているはずだ。だとしたら、メッセージを打っているのは本人ではないのか? 状況がつかめずにいると、再びLINEが来た。


「変な色が体中に広がっている」


変な色? 様子がおかしい。本人のようだけど、コロナと無関係な症状だ。彼は幻覚を見ているのだろうか。混乱したメッセージが何通か届いた後、それらはすべて取り消された。

翌朝、Kから電話があり、「変なLINEを送ってスマン」と謝られた。声の調子から、思ったより元気そうだとわかり、ホッとした。


Kは回復し、職場復帰を果たした。笑いながら、自分は新型コロナに感染したと思い込んでいたが、検査したらインフルエンザだったんだと明かした。謎の食材が入った鍋焼きうどんの話を振ると、彼は首を傾げる。そんなことを話した記憶はないらしい。うどんに見知らぬものが混ざっていたら、そもそも口にしないと断言した。


その後Kは、以前はなかった癖を見せるようになった。時々、自分の腕や首元を引っ掻くような仕草をしているのだ。引っ掻くというより、何かをむしり取ると言った方が正確だろう。指摘しても、どうやら完全に無意識らしい。

Kは元気そうに見えるけれど、その癖を目にするたび不安になってしまう。あの夜、彼が送ってすぐに消したLINEメッセージが、どうしても頭をよぎるのだ。


「変な色が体中に広がっている」


「全身が灰色になった」


「むしってむしっても赤い突起が出てくる」



(了)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

奇妙な鍋焼きうどん 鬱ノ @utsuno_kaidan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説