巨乳戦姫コリン

フィステリアタナカ

巨乳戦姫コリン

「ハッハッハッ。先輩ダッセ」

「コリン、うるさい」


 ギルドに併設されているバーのカウンターで、馴染みの戦姫コリンとオレは飲んでいた。コリンは双子の魔導師と女三人でパーティーを組んでいて圧倒的な破壊力で前衛を務めている。


「先輩、やっぱり冒険者に向いてないっすよ。日にち勘違いするってリーダーなのにそんなミスするんじゃ」

「うるさい、それ以上言うな」


 冒険者をしていて気を張り詰めている時間は長いが、オレはコリンと飲む時間がそんな緊張も解け落ち着き心地よい時間に感じていた。彼女は鍛えられた筋肉に戦ってできた頬に名誉の勲章である大きな傷がある。顔だちも整っていて胸もかなり大きい。そのプロポーションが原因なのか、男冒険者達が力づくで何とか物にしようとするが、彼らを見事に返り討ちにしている。そんな彼女と何故飲み仲間になったのはわからないが今こうして馬鹿にされながら飲んでいるというわけだ。


「でも先輩、魔法使えて羨ましいっす」

「あの双子の方が魔法凄いぞ」

「そうなんですか?」

「ああ、姉の方だっけ? 火と風の複合魔法で爆撃ができるし、妹は水と地の複合魔法で雷を落とせるだろ? オレより段違いで凄いよ」

「ふーん。先輩から見てそうなんですね。一緒に組んでいると凄いとかわからないっすよ」

「まあ、後衛二人を抱えつつ前衛を一人でこなしているお前も凄いけどな」

「でしょ? 褒めて褒めて」

「褒めなきゃよかった」


 オレに褒められ自慢げにコリンは笑った。


「先輩のパーティーって残りのメンバー前衛でしたっけ?」

「そうだ。三人とも脳筋アタックで連携も何もあったもんじゃない」

「ふーん。今その三人何しているんですか?」

娼館エッチな店に行ったよ」

「娼館――、先輩は行かないんですか?」

「行かない。誘われたが性分に合わない」

「へぇー、あたいが代わりにしてあげましょうか?」

「はっ?」

「お口でちょこっと」


 彼女はオレに手を動かしながらジェスチャーをする。


「お前なぁ」

「何本気にしているんですか。冗談ですよ、冗談」


 酔っぱらっているとはいえ、先輩を揶揄からかうとは――、


「先輩。真面目な相談なんですが」


 急に彼女の声のトーンが変わる。オレは何事かと構えた。


「実はあたい引退を考えているんですよ」


 ふいに引退と言われオレは驚いた。


「戦っていて考えていることと体の動きが少しずれてきているんですよ」

「そう感じるのか」

「そうなんです。今バリバリで前衛できてますけど、このまま衰えたら死ぬんだなって」


 確かに戦いは気を抜くことができない。一瞬の判断ミスが命取りに繋がるからだ。そういう意味で前衛は身体能力がシビアに求められているわけで、彼女は少しのずれに危機感を覚えているということなのだろう。


「それに子供も欲しいし」

「ふーん」


 それを聞きながらオレはグラスに入った酒を飲み干す。


「男と違って女には時間があるんですよ。まあ、相手がいればって話ですけどね」

「確かにゴリ女だからなぁ――」


 オレはコリンにドンと肩にパンチされる。


「痛ってぇ」

「ゴリ女って何なんですか、ゴリ女って」


 どうやら言ってはいけない言葉を言ってしまったようだ。時間も時間だしここは逃げるが吉か。


「明日もあるし、今日は帰るか」

「えーー、まだ飲み足りないっすよ」

「明日、お前もダンジョンクエストあるだろ?」

「先輩と同じダンジョンに潜るんで大丈夫っす。何かあったら先輩が助けてくれますから」

「お前なぁ」


 そんな話をして、今日は解散。宿に戻り明日の準備をする。いつもと変わらない日常。ただ何となく明日のクエストが不安に思えたのは気のせいなのだろうか。そんなことを感じながらオレは眠りについた。


 ◆


 翌日、オレがリーダーを務めるパーティーの他、コリンのパーティーなど複数のパーティーがダンジョンに潜る。順番は話し合いの結果、コリンのパーティーが先頭に。オレはその次。比較的経験の浅いパーティーを真ん中にし、残りは後方に位置しバックアタックに備えた。


「おりゃー!」

「でりゃっ!」


 脳筋軍団とコリンで出てくる強めの敵をなぎ倒す。十層から下の層に入ると明らかに敵の強さが変わった。クエストは三十層にあるレアアイテム石龍の涙ストーンティアの確保。果たしてクエストクリアできるのだろうか。


「ふっ。あたいにかかればこんなの朝飯前」

「おい」

「先輩」

「油断するなよ。大所帯だからバランスを考えながらいかないと」

「わかりましたよ」


 口を尖らせコリンは納得いかない表情をする。


 ◇


「リーダー、また分かれ道です。どっちだと思います?」


 十八層。五分ほど歩くと分かれ道が現れた。おそらく構造から右が近道。安全に行くなら左が正解だろう。


「どうしますかね?」


 各パーティーのリーダーが集まり相談をする。潜ってかなり時間が経っているので右に行った方がよいという意見と遠回りしてもいいから左から行った方がよいという意見があり、更には経過時間から撤退した方がよいという意見もあった。


「ここまで潜ったんだから、あたいは行った方がいいと思う」


 話し合いの結果。コリンとオレのパーティーは右を行くことに。残りのパーティーは撤退を選択した。

 右を選択し敵を倒しながら順調に進む。これなら思ったよりも早く十九層へ行けそうだ。


「こんなところにマッドスライム? 何だ雑魚じゃん」


 コリンは余裕だろと足を進める。オレは何か違和感を感じた。ここで弱い敵が出るとは明らかにおかしい。


「あっ――、コリン、それ罠だ! 行くな!」

「えっ?」


 床の中央が崩れ、コリンはそれに巻き込まれる。オレはコリンを追いかけ崩れた場所へ行き必死に手を伸ばした。


「リーダー!」


 パーティーメンバーの声が聞こえたと同時に、崩れ落ちた罠の途中でオレはとどまることができた。オレが必死に伸ばした右手にはコリンの左手が――。


「先輩」

「手を離すなよ」

「先輩離してください、先輩も落ちます」

「バカ、諦めるな!」


 状況から考えると二次災害を防ぐことが先決だろう。オレはサブリーダーに大声で言う。


「お前ら! 最悪転送石で脱出しろ! 予備があるから五人行けるはず」


 そう、万が一の為オレのパーティーは予備も含め転送石を五つ用意していた。コリンと二人で奈落の底まで落ちても残りのメンバーは助かる。


「あっ」


 足をかけていた所が崩れ落ちた。落ちていく途中、何とか生き延びる方法は無いか考え、ふとアイディアが浮かんだ。


「コリン絶対に離すなよ。オレの体に捕まれ!」


 普段は魔獣相手に使う防御魔法イージス聖なる盾。今回は下に向かって障壁を作り、落ちたときの衝撃を和らげる。うまく行けば生き延びることができるはずだ。


イージス聖なる盾!」


 ◆


 時間にして十秒も経ってないだろう。体に衝撃が走り、底に着いたのがわかった。跳ね上がっている途中「コリンは無事か」とそんなことを考えつつ状況がどうなっているのかを把握するため冷静になることに努めた。


「イタタ――、先輩」

「コリン無事か!」

「あたいは大丈夫そうです。先輩は?」

「問題ない」


 イージスを解き、周囲を見渡す。どうやらダンジョンの途中の層に出たみたいだ。


「魔獣はいなさそうだな」

「ごめんなさい」

「ん?」

「あたいが不用意に進んだばかりに」

「反省は後だ。今やるべきことを考えろ」

「あたい死ぬ前に先輩と気持ちいいことした――」

「馬鹿! 死ぬ前提で考えてどうする――いいか、前衛のお前と魔法が使えるオレでダンジョンから脱出できる可能性はある。諦めんな!」


 罪悪感に襲われたのかコリンは泣いている。とにかく落ち着いてもらわないと話が進まない。オレはコリンにかける言葉を探したそのとき――。


「三十層だ。ここ」


 大きな空間の奥にレアアイテム石龍の涙ストーンティアがあった。オレはその場所へ進み、幸か不幸かクエスト達成のアイテムを手に入れることができた。


「コリン、これで戻ればクエスト達成だ。頼むぞ相方」


 ◆


「でりゃぁー!」


 オレとコリンは魔獣を倒し続け上の階層へと登った。ダンジョンの入り口まではまだまだ遠いが一歩ずつ進めば生還できる。パーティーは組んでいなかったが二人の連携はよく、ダメージを受けつつも十八層まで登ることができた。


「ここで休もう」

「先輩、まだ行けます」

「コリン、ここは無茶をしたらダメだ。明らかに疲労で動きが鈍くなっている。二人で生還するために焦りは禁物だ」


 休息を充分取ったあと、ダンジョンの入り口へと向かう。ただコリンの動きの切れは無くなっていて、魔獣が出現するたびオレは彼女の分まで必死に戦った。


「先輩! 入口が見えました!」


 長い長いダンジョン脱出の旅も終わりを迎える。ダンジョンの外に出るとあかつきの頃で、空が少し明るかった。


 ◇◆◇◆


 後日。クエスト達成の報告をする。石龍の涙ストーンティアをギルド経由で依頼者に渡し、報酬はコリンのパーティーで四割。オレのパーティーで四割。残りの二割は今回参加したパーティーで分けることになった。その数日後、大事な話があるとコリンにギルドの酒場に呼び出された。


「お疲れ様」

「先輩と生還を祝って、かんぱーい!」


 オレは酒を口にし、彼女の顔を見た。いつも見ている笑顔。またいつもの時間が戻ってきたのかと実感した。


「しかし先輩。二割も参加パーティーに分けてホント良かったんですか? 普通に考えたらうちらと五割ずつじゃないですか?」

「行きで魔獣を倒してくれて、オレら負担が減っただろ? そのくらいやらんと割にあわんって」

「そうですけど、二割はやり過ぎです。一割で良かったんじゃ――」

「そうかもしれんな」

「でしょ?」


 オレはコリンが大事な話を切り出すのを待った。まあ予想はつくが――。


「――先輩、あたい引退します」

「そっか――」

「はい、今回のクエストで先輩がいなかったら生きて帰れませんでした。もう潮時だと感じたんです」


 オレはまた酒を口にする。


「これからどうするんだ?」

「どっかの貴族捕まえて、第二? 第三夫人になります」

「夫人? 護衛で雇われる方が現実だろ?」

「子どもが欲しいんです」

「お前を娶る男の顔が見たいね」

「何ですかそれ? まるであたいが結婚できないみたいな言いぐさ」

「そうは言っていない」

「あたいこれでも冒険者達に人気があるんですよ。でもロクなのいないから冒険者は無しですがね」

「贅沢言っていると本当に結婚できなくなるぞ」

「先輩、ご忠告ありがとうございます」


 いつもしているやり取りとは違う、何だかわからないこの感じ。オレは彼女の笑顔を見ながらこの時間がもう少し続けばと切に願った。


「飲み過ぎちゃった。そろそろ帰りますね」

「おう、気をつけて帰れよ」

「先輩も何かあったら連絡してください」

「引退するときは必ず連絡するよ」


 コリンが立ち上がりギルドの入り口に向かう。彼女の後ろ姿を見て感じたことは「つらい」

 何故だ。悲しいとか出会えたことが良かったとか、そんな感情ではなく「つらい」

 コリンに男は出来ないと勝手に思っていたが、男ができたら――。ああそうか。オレはコリンに好意を持っていたんだな。それも特大な。だから「つらい」と。


「コリン!」


 彼女はギルドの入り口で振り返る。オレは彼女の傍まで行く。


「オレもう少しお前と飲みたい。お前の宿に行っていいか?」


 コリンは笑顔でこう答えた。


「えー、どうしよっかなぁ。先輩に襲われたりしないかな」

「オレが襲ったら返り討ちにするだろ?」

「ふふふ、しないですよ。仕方ないなぁ、先輩が言うならもう少し付き合いますよ」


 このあとコリンが住んでいる宿でお互いの気持ちを確認する。コリンはオレに全てをゆだね、それから一日中愛し合った。優しくも甘い時間。オレは彼女の顔を見ながら幸せを感じつつ眠りに落ちた。


 ◇◆◇◆


「皆、今日急遽集まってくれて感謝する。用件を単刀直入に言う。オレは今月を持って冒険者を引退するつもりだ」

「えっ、リーダー? それマジで言っているんですか?」

「ああ、マジだ」

「何でですか?」

「実は国立魔法研究員の話が来ていてな。それを受け研究員になる予定だ」


 オレは冒険者を辞め、前々からスカウトがあった研究員になることを決めた。コリンを娶ることを決め、父親になったときに命の危険が伴う冒険者よりも研究員の方が好ましいと判断したからだ。


「ちょっと待ってくださいよ、リーダー。後衛の魔法使いがいないと俺達バカなんでやっていけないですよ」

「後任についても話がついているぞ。双子の魔術師と言えばわかるかな」

「「「えーーーーー!」」」


「それ、マジっすか?」

「ああ」


「やったー! 娼館に行かなくて済む!」

「俺金無くて困っていたんだよ」

「本当にリーダーありがとうございます」


「……悪い、さっきの話はウソだ。(というかこいつらの脳みそを考えるべきだった。少し考えればこうなることわかっただろう)」


「じゃあ、後衛どうすればいいんですかリーダー」

「今月はこのパーティーにいるから、今月中に見つかるよう一緒に探してやる。男の魔術師を」

「「「えーーーーー!」」」

「じゃあそういうことで。オレもう帰るわ」


 ◆


「先輩、おかえりなさい」

「ただいま。引っ越しの準備しちゃった?」

「まだしてない。先輩、本当にあたいと結婚してくれるんですか?」

「心配か? なら明日教会へ行ってもいいぞ」

「それなら今日がいいです!」

「うーん、引っ越しの準備があるからなぁ」

「じゃあ、超特急で荷造りします!」


 こうしてオレはコリンと結婚し、国立魔法研究員主任になるまでに五人の子供を授かることができた。結婚後、オレではなくコリンが家計を掌握し、お小遣いが少なくてオレがヒイヒイ言っているのは、また別のお話。

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