鋏も拙速も使いよう

「その植物が、小型輸送艇にあったんですか?」


 ユーリの問いに、ディリア技師が頷く。


「海賊から個人輸入で手に入れた男がいた。正規の業者でも何でもない無頼の連中がすることだからな、粗雑な梱包で種が輸送艇に零れ出ていたんだろう」


 迷惑なことだ、と抉るような溜息を零し、ディリア技師は眉根を寄せた。

 モニターはいつの間にか昼の船内ニュースを映しており、下層第六区在住の二十代男性が海賊から麻薬を購入し、過剰に使用。錯乱して死亡した旨が報じられていた。更に、麻薬の輸送に知らず使われた輸送艇を整備したエンジニアが麻薬成分を吸引、事故による薬物過剰摂取で死亡したことが追って報道された。


「さっきの出来事なのにもう報道されてるんですね」

「余計な憶測や噂で混乱する前に言い切ったほうがいいこともあるからな」


 報道では、件の小型輸送艇は手順通りに洗浄、消毒されたため今後の利用者が麻薬汚染される恐れはないとある。

 此処で漸く、ユーリは自分が呼ばれた理由を理解した。

 内部機構を整備したエンジニアが麻薬植物に寄生されたため、外装部分を整備したユーリにも影響が出ているのではと思われたのだ。実際ユーリ自身もうっすらとだが影響を受けている。


「さて。此処までが前置きだ。本題だが、我々は廃船イストリアに赴き、件の植物を焼却処分、乃至は処理することとなった」

「えっ、それってエンジニアの仕事なんですか?」


 ユーリが思わず率直な疑問を口にした。ディリア技師が一瞬僅かに目を丸くして、それからフッと微笑を浮かべる。彼女の朱色の髪が金魚の鰭のように揺れて靡いた。


「我々の仕事はメインコンピュータに現れたという異常の確認と、その他機構部分の調査だ。焼却と外来生物の対処は機動部隊が行う手筈となっている」

「あっ、さ、さすがにそうですよね……すみません」


 恥ずかしさから俯いたユーリの頭を、ディルク班長の手がわしゃわしゃと撫でる。その日常が感じられる行為に、ユーリの強ばりが少しだけほどけた。

 しかし、完全に緊張がほぐれないのは、これほど重要な会話をしている場にという事実そのものにある。


「此処まで言えば察するだろうが、此度の船外調査にはお前にもついてきてもらう」

「っ……」


 やはり、という思いと、何故、という思いが同時にユーリを襲う。

 そして素直な性質ゆえに、内心が全て表情に出てしまっていた。


「あのな、ユーリ」


 ディルク班長が、ユーリの頭をぽんぽん撫でながら努めて優しく語りかける。


「俺にはあの画面の文字、読めなかったんだよ」

「えっ!? で、でも、ディルク班長も見たことない画面だって……」

「ああ。でもエラー表示に読めない文字が使われることはないだろ? どんな異常が出てるかわからなきゃ意味がないんだから。それなのに、俺が見たのは知ってるどの言語にも該当しない、未知の文字だった」

「そんな……」


 改めて思い返してみれば、あのときディルク班長は「確かに定型文でもエラーでもないな」と言っていたが、書かれている文字を読み上げてはいなかった。まさか見た人によって見え方が違うエラー文があるなどとは思いもしなかったので、あのときは気にも留めていなかったが。


「そして、だ。廃船イストリアのメインコンピュータにもお前たちが見たと思われる未知の言語が表示されていると、先行調査に赴いた星間調査団から通達があった」

「だから……俺に声がかかったんですね」

「そうだ」


 ディリア技師は難しい顔で、真っ直ぐにユーリを見据える。


「まだ船外整備の講習すら受けていないお前を連れて行くことは、アーヴィン隊長を始め、此処にいる全員に反対されたのだが……」

「でも、調査に行った人たちも、誰も読めなかったんですよね……?」

「ああ。先の話からしても、植物への暴露が条件というわけでもなさそうだ。因果が不明な事象に新人を巻き込むのは私とて本意ではない。しかし、猫の手も頼らざるを得ない状況であることも事実なんだ」


 猫の手だとハッキリ言い切られても僅かも落ち込まなかったのは、彼女が規格外の一人であると知っているからだ。そしてそんな彼女が工具持ちになってまだ数ヶ月のひよっこに頼らなければならない状況がどれほどもどかしいかは、半人前ですらないユーリにも理解できた。


「わかりました。その、イストリアのほうも読めるかはわからないですけど。でも、行ってみないとそれもわからないですし」

「そうか。助かる」


 ディリア技師の表情が、今日初めて僅かに緩む。

 アーヴィン隊長とクィンシー事務班長は依然心配そうな顔をしている。恐らくは、ディルク班長も。


「あ、でも、俺が外にいるあいだ、雪衣が一人になっちゃいますね……船外に出るとなったら日帰りとは行かないでしょうし……」


 どうしようかな、とユーリが誰にともなく呟くと、ディリア技師が「それなら」と指を鳴らした。


「私のアニムスを貸してやろう」

「えっ、ディリア技師のアニムスっていうと、其方の……?」

「いや、イヴェールじゃない。お前も知っている相手だ」


 ディリア技師がモニターを指さす。すると其処には、いつの間にかアニムスの姿が映っていた。しかも、カメラ通話状態で。


『あ、あの……お呼びでしょうか、マスター』

「リーシャ!?」


 稚い少女人形の姿をした、護衛艦ベアトリーチェの管理者アニムス、リーシャ。

 突然下層と接続された彼女は、可哀想なほどわかりやすく困惑していた。

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2026年1月24日 00:00
2026年1月31日 00:00

SOMNIA~歪な方舟は星海の夢を見る 宵宮祀花 @ambrosiaxxx

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