死に至る郷愁
獅子に囲まれた子猫のように震えるユーリに、ディルク班長が口火を切った。
「色々あるけどまあ、まずは今日の妙なエラーについてディリア技師が話を聞きたいらしい」
「えっ……」
妙なエラーと聞いて浮かぶのは一つしかない。
あれがいったい何だというのか、ユーリにはわからないことだらけだが、とにかく見たままを言えばいいと言われたので怖ず怖ずと話し始める。
「ええと……青白いスクリーンに、一言『
ディリア技師がディルク班長を視線だけで見上げる。ディルク班長が小さく頷くとディリア技師は「そうか」と言い、ガシガシと頭を掻いた。
「あの機体は、問題なく八班に送られてきた。その後は通常通り担当がついて整備を開始したんだが……」
一度言葉を句切り、溜息を零す。
ディリア技師は少女らしさが残る容姿にそぐわない、厳しい表情で続けた。
「整備担当エンジニアが突如行き先を設定したのち、荷台に乗り込み船外へと射出。小型輸送艇は船内巡回用であって船外非対応だ。それに人を乗せるようには作られていない。数時間後、異変に気付いた別のエンジニアが遠隔操作で呼び戻したが、担当エンジニアは死亡していた」
なにを言っているのか、ユーリは暫くのあいだ理解できなかった。
何故そんなことが起きたのか。何故そんなことをしたのか。幼い子供が好奇心から荷台に上がり込むことはある。でもそれは、子供ゆえにやっていいことと悪いことの区別がつかず、荷台に乗ることの危険性がわからないからだ。
だが、プロであるエンジニアがそれを理解できないとは思えない。ましてや船外に小型輸送艇で飛び出していくなどと。
「それで君を呼んだ理由だが」
話題の矛先が飛んできて、ユーリはハッとして姿勢を正した。
「君は外へ出て行きたい衝動を抱いたりはしていないか?」
「えっ!? い、いえ、全然……」
困惑しながらディルク班長を見上げると、彼は大きな手のひらで肩を優しく叩いてくれた。
「この通り、俺もユーリも精神干渉は受けてません」
「そのようだ」
ディルク班長とディリア技師の会話を聞いて、ふと思い至ったユーリは「あの」と誰にということもなく声をかけた。室内の視線が集まる中、緊張しながらも整備中に感じた違和感について伝えようと口を開く。
「俺は外に行きたいとかは全然なんですけど、でも、いま思えば八班に送るとき変な感じがしたんです。輸送艇の行き先を指定して、暫く見送ってたんですけど、『違うところに帰っちゃわなくて良かった』って思ったんです。ちゃんと八班ドックを入力したんだから、そんなのあり得ないのに……」
沈黙が室内を包む。
なにか良くないことを言ってしまったのだろうかと、ユーリの胃と心臓がキリキリ痛み出したとき、ディリア技師が「その、違うところが何処か具体的にわかるか」と問うた。だがユーリには何処か帰りたい場所があるのだろうという予感はあったが、具体的な場所まではわからなかったため首を横に振った。
「そうか。……クィンシー事務班長」
「此方に」
ディリア技師の指示に、クィンシー事務班長が応えながらモニターを表示する。
シアンブルーに輝く大きなモニターは、船外マップを映し出していた。ソムニアとその周辺に存在するコロニーがシンプルな線図として描かれた簡素なマップは、主に探索任務に当たる職業の人たちがブリーフィングに使っているものだ。
「当該エンジニアが入力した行き先は、廃船イストリア」
画面が切り替わり、廃船イストリアの外観写真が大写しになる。それを見た瞬間、ユーリは「此処だ」と呟いた。またしても、ユーリに視線が集まる。
「あの小型輸送艇が帰ろうとした場所、たぶん此処です。でもなんで、エンジニアの人まで……」
「ユーリ」
廃船イストリアを見つめながら呟いていたユーリを、アーヴィン隊長が低く呼ぶ。ハッとして視線を向けると、気遣わしげな目で見ていることに気付いた。
「重ねて聞くが、お前はあの廃船に帰りたい気持ちは湧いてないんだな?」
「はい。それは本当に、全然ないです」
「ならいい」
アーヴィン隊長の表情に、安堵の色が滲む。頭上に手のひらが置かれたのを感じて見上げれば、同じように安堵した顔でディルク班長がユーリを見下ろしていた。
ユーリに問題がないとわかると、ディリア技師がモニターの前に進み出た。
「イストリアは、つい最近廃船となった移動型コロニーだ。星間航行機能を搭載した中規模コロニーで、主に惑星探査と採掘、交易で成り立っていたんだが……」
其処でクィンシー事務班長が画面を切り替え、星間新聞アストロメディアの記事を映し出した。大見出しには『イストリア崩壊の謎!』とあり、小見出しに『先月末に新惑星で発見した、新種の植物が原因か』とある。
「新種の植物、ですか?」
「ああ。馬酔木に似た植物で、一種の麻薬として出回っていた。だが毒性と依存性が強く、患者の死亡率が高すぎたため思ったほど定着しなかったようだ。しかし問題は麻薬じゃなく、植物そのものにあった」
モニターが再び切り替わり、件の植物に関するレポートが表示される。
植物の性質と発見者の名前からピエリス・ベアトリクスと名付けられたその植物は有機生命体に寄生する性質があり、体内で発芽したものは強い郷愁に駆られ、どんな手段を使っても群れに帰ろうとするのだという。
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