第8話 アリエスさんって、人気者なんですね
それから——
制服は、ネイビーブルーとオレンジのチェックの入ったスカートとワイシャツ、それに、鮮やかな紅色の大きなリボンで、アリサや
「それでは、
「はいはい。早く戻ってきてよ。これ、ひとりで片づけるの、どう考えても無理なんだからさぁ」
「千砂センセ……自業自得って言葉、知ってます?」
「あーもう! わかったから」
しっし、と千砂が追い払うような仕草をした。
アリエスは肩をすくめると、「さ、夕里菜さま。行きましょう」と、腕を掴んだ。
大きな部屋を出ていく。
引き戸を開けると、外は廊下だった。
すぐ側に窓があり、ガラスの向こうに風景が広がっている。
夕里菜は窓まで近づくと、そこから外を覗いてみた。
水彩画で描いたような、薄い雲と青い空、さらに、雪を被った草原と大地、森と山々が写った。
どれも、見覚えのない風景だ。
さらに、空を見上げてみると、太陽はふたつ、あった。
大きな太陽のすぐ隣で、見落としてしまいそうなぐらい、小さな太陽が輝いている。
双子の太陽、というよりも、
青空には、天をまっぷたつに横切る形で、白い帯状のものが、地平線からまっすぐに伸びている。
そして、雲の間にぽっかりと、三つほど月が白い影のように、浮かんでいる。
「月が三つもある……」
「正確には、五つですわ」
アリエスが、囁いた。
「え……五つ、ですか?」
「はい。月と共に、四つの種族たちが、このメディシアン世界へと渡ってきた、という説もありますわね」
「あの空を横切る帯状のものは?」
「リングです」
「リング? リングって、土星とかにある、あの
「その通りです。たまに、リングから流れ星が落ちてくるので、とっても綺麗ですわよ」
——流れ星って、隕石のことだよね。落ちてくるって、大丈夫なのかな……。
まだ、ここが未来の地球である、という実感はないが、夕里菜が暮らしてきていた日本とは、まったく違う世界であることは、明らかだった。
ふたりは、窓の側を離れて、長い廊下を歩いていった。
廊下では、数人の生徒たちとすれ違ったが、ほぼ、すべての相手がアリエスに声をかけてきた。
「あれ? アリエスちゃんじゃない。千砂先生はどうしたの?」
「アリエス先輩。お勤め、ご苦労さまですっ」
「大佐! クレメンス大佐! おはようございます!」
アリエスだけでなく、夕里菜にも声をかけてくる人もいた。
「あれ、新入りさん」
「わ! もしかして、これから学園長と面会ですか」
「ルーキーさん、ルーキーさん。もし、参加する
生徒たちに囲まれながら、夕里菜はふと、自分が指輪をしたままであることに気づいた。
——そう言えば、アリサさんから、指輪を預かったままだった……。
小剣とメダルはなかったが、指輪だけは、右手の小指に嵌められたままだった。
「アリサさんと郁歌さんも、この学園にいらっしゃるのですよね」
夕里菜がふたりの名前を口にすると、生徒たちはぴたっと、お喋りを止めた。
「アリサ……ですか。ええ、いらっしゃいますが……今日はまだ、見ておりません」
——なんだろう……雰囲気が変わったように感じる。
誰も、夕里菜と視線を合わせず、会話の内容を逸らそうとしているようだった。
アリエスは、「はいはい。夕里菜さまとは、これからは、あなたたちのほうが、ずっと親しくなる機会があるのでしょうから、また後程、交流をお願いしますわ」と、生徒たちをあしらった。
再び、夕里菜とアリエスは、廊下を無言で進んだ。
「……そうでしたか。夕里菜さまと招魂獣を討伐したのは、アリサさまの小隊だったのですね」
「はい」
「アリサさまについては……生徒たちの間で、あまりよろしくない噂が流れているようです。その真偽については、私から申すことはありません。もし、関心がありましたら、夕里菜さまご自身でお調べになられたほうがいいと思います」
夕里菜は、右手の指輪を見た。
——アリサと会話をしたが、風変わりではあったけど、そんなに悪い人物には、まったく思えなかった。
どんな噂なんだろう……。
興味はあったが、彼女が、この学園にいることは確かなので、また、話をする機会はあるのだろう。
廊下を抜け、生徒たちがたくさんいるロビーのような場所を抜け、渡り廊下のようなところを通過して、人通りの少ないエリアへとやって来た。
夕里菜がポッドで目覚めてから、千砂のいる大きな部屋まで歩いた区画と、何となく似ている。
壁や床などは殺風景で、空調や照明はあるものの、窓は少ない。
「夕里菜さま。ここが、工匠区ですわ。アリアンフロッドとして、戦果をあげたのなら、ここへ来ることも多くなると思いますから、よく覚えておくといいでしょう」
「工匠区……ということは、製造に関連する、ということでしょうか」
「そちらの施設もありますが……ここは、武器や防具を
アリエスが、脚を止めた。
「ここですわ。まずは、夕里菜さまの
廊下の途中だが、壁には目立たないが、ボタンがあった。
アリエスが、それを押した。
『あっ……はい。今、手が離せないので……入ってきて、ください……』
声が聞こえてきて、アリエスが扉に手をかけた。
扉は、壁と一体化していて、わかりづらいのだが、把手を掴むと、ゆっくりとスライドしていった。
開口部が、現われる。
——まるで、SF映画に登場する、宇宙船みたい……。
なかに、踏み込んでいく。
「
「こっち……こっちです。今、剣を鍛造しているところなので、奥まで来て、ください……」
扉の向こうは、結構、大きな部屋だった。
部屋というか——工場の作業用の施設みたいだった。
あちこちに、大型の機械が設置されていて、稼働しているものもあれば、停止しているものもあった。
「剣を鍛えている……ということは、こっちですわね」
アリエスは、カウンターのような長いL字型のテーブルの中に入り、その奥にある扉を開けた。
そこは、小部屋になっていて、壁のところには様々な武器がかけられていた。
大きな剣や槍、戦闘用の斧や石弓、ライフルのようなものも、見えている。
一方の壁の一部だけが、ガラスになっていて、その向こうで、何かが眩しい光を放っていた。
その壁の手前に、制服姿の女性がこちらに背中を向けて、立っていた。
結び目の尖端が背の中程まで届くくらい、長い黒髪をポニーテールにして、まとめている。
「今、集中しているようです。しばらく、見学しましょう」
アリエスが、彩夢ではなく、夕里菜に小声で言った。
妙に色っぽい仕草で、唇に指を当ててみせる。
夕里菜はうなずき、彩夢の背中を見守った。
彩夢は、かなり集中しているようだ。
こちらを振り返りもせず、じっとガラス窓の向こうを見つめたまま、何かの操作をしている。
壁の向こうでは、時々、大きな音が聞こえてきていた。
金属と金属をぶつけているような音で、一時的に会話が出来なくなるくらいの騒音だった。
ずっと、続いているのではないが、ここにいたら、耳がおかしくなりそうなくらいだ。
時間にして、十分くらいだろうか。
作業が終わったようだ。
「よしっ! さぁさぁ、はじめるよー」
無邪気に言うと、壁から突き出しているレバーを倒した。
壁に嵌め込まれている機械の正面のゲートが開き、熱風が吹きつけてくる。
彩夢は、ゲートからスライドしてきた台にじっと、視線を注いでいた。
夕里菜たちを見ることもなく、そもそも、気づいてすらいないようだ。
彩夢は背がすらっとしていて、夕里菜よりも頭ひとつぶん、高いだろうか。
スタイルもよく、出るべきところは、しっかりと出ている。
質素な制服の上からでも、それはわかった。
——羨ましい……。
つい、嫉妬の混じった眼差しでじっと、全身を眺め見てしまう。
少し、俯かせ気味の顔立ちは、嬉々としているのに、どこか、陰りのようなものを感じさせた。
何となく、近寄りがたい雰囲気をまとっていた。
スライドしてきた台の上には、剣が載せられていた。
長さは、人の背丈ぐらいはある。
夕里菜なら、背負ったとしても、剣の尖端が地面に届いてしまうだろう。
今は、剣は赤熱しており、熱気を感じた。
触れたら、火傷をするだけじゃ、すまないだろう。
よく見ると、剣の表面には、妙な図柄のようなものが刻まれている。
彩夢が、その図柄を横目で眺めながら、片手でデバイスの画面に器用に触れている。
と——図柄が、指の動きに合わせて、変化した。
デバイスを通して、何らかの方法で赤熱した剣に干渉しているのだろう。
図柄は、円や四角形、三角形とライン、文字などの組み合わせなのだけど、それが、ぐるりと移動したり、文字が反転したり、図形が消えて、新しいものが現われたりしている。
「さぁ、終わった。あとは実際に、呪工の結果がどう結びつくか、なんだけど……えっ」
彩夢が、こちらに気づいたようだった。
びっくりした表情で、夕里菜の顔をじっと見つめている。
【草稿】-烙印の傷跡-はじまりの賛美歌 なりちかてる @feagults
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