【KAC20255】創作ダンス“布団”

鷹仁(たかひとし)

布団で創作ダンスをする小学生の話。

 小学校で、創作ダンスをすることになった。体育の授業の話である。

 四人一組のチームで、それぞれテーマと曲を決めて踊るらしい。

 授業参観なので、親の前で発表する。正直、その日は理由をつけて休もうかと思った。

 しかし、先生もそれを見越して親に連絡網を回してあるらしい。

 隠そうにも隠せなくなった。もはや僕に逃げ場はない。


 僕は、親友の雄二と、自称運動が得意じゃない坂本君と金子さんの四人チームを組んだ。雄二はやけに乗り気で、坂本君と金子さんは僕たちに合わせると消極的だった。

「創作ダンスのテーマは“布団”にしよう」

 そして、話し合い早々、雄二がアホなことを言い出す。

「布団って何だよ。寝るの?」

 僕らにテーマ決めを一任した坂本君が苦笑し、金子さんは首をかしげた。

「そもそも、ダンスなんだから横になっているだけじゃ先生に怒られるんじゃないかなぁ……」

 金子さんの疑問も最もだ。仮に先生に認められたとしても、親の前で数分間、音楽が流れる中寝続けるなんて胆力、僕にはない。


 しかし、雄二は僕らの心配を察したのか手を前に出してどや顔をした。

「いや、ちゃんとダンスする。運動が苦手な二人にも、ちゃんと役割がある」

 そして、雄二はランドセルから、布団たたきを取り出す。

「これを使って踊るんだよ。布団たたきダンス!」

「どこから出したんだよ。ドラえもんかよ」

 僕がツッコむと、雄二が得意げに笑う。雄二のランドセルは四次元ポケットだった。

 坂本君と金子さんは口をあんぐり開けている。

 僕も最初は半信半疑だったが、なんとなく面白そうで流されることにした。


 発表会当日。発表会は、体育館のステージで行われた。

 生徒二十人、保護者三十人の大規模な会だ。


 テーマ決めの際に、先生からはダンスに必要な小道具を持ってきてもいいと言われている。それにしても、僕たちのチームだけ異質すぎた。

 他のチームはせいぜい手に持つポンポンやバトンくらいなのに、僕たちの番になるとステージの中央には、でん。と大きな布団。よくこれを先生は許可してくれたものだ。

 それに、よく見ると、おねしょの跡で世界地図が描かれている。雄二の提案で、色紙を切って貼り付けたらしい。

 その世界地図を見て、クラスメイトがざわつき始める。

 小学三年生にとって、おねしょをするのはとても恥ずかしいことだ。

 しかし何故か雄二は得意げな顔をしている。


 坂本君と金子さんは、左右で布団を支える係。

 僕と雄二は布団たたきを手に、音楽に合わせて布団の周りを回りながら、リズムよく叩く役だ。

 先生の合図で、体育館のスピーカーから、まるで宇宙の始まりみたいな壮大な旋律が響いた。ホルストの木星だ。他のチームはYOASOBIとかこっちのけんとなのに。


 やけに壮大な音楽と、布団を叩きながらぐるぐると回転する男子小学生二人に、クラスメイトや先生、お父さんお母さんたちもざわめき始めた。

「これはね、おねしょの世界地図で、世界旅行してる気持ちになるんだ」

 雄二がニヤリと笑うと、観客席がざわつく。

 あまりにも変だ。変だけれど、みんな、ひそひそと隣と話しながら、息をのんでこちらを見守っている。そして、やがてそのひそひそも耐え切れなくなったのか、一人、また一人と爆発する。まるで笑いのビッグバンだ。

 他のチームは知っている音楽が流れた瞬間黄色い声を上げたクラスメイトも、今はおねしょで大爆笑していた。


 最初は「変なことしてるな」と冷めた顔だった坂本君と金子さんも、僕たちが布団の周りをぐるぐる回るうちに、なぜか目がキラキラし始めた。

 どうやらクラスメイトたちが嬉しそうに僕と雄二に声援を送っているのが羨ましくなったらしい。


「……僕も、叩いてみたい」

 坂本君がぽつりと言うと、金子さんも「私も」と声を上げる。


 担任の先生がざわめく生徒に耳打ちするように呟く。

「あの布団の地図は、夜、おねしょで描いた世界地図なんだって。彼らは、その布団の周りを回る衛星になってるらしいよ」

 それを聞いた観客たちの目がぱっと広がる。


 途中で布団を支えるのをやめ、代わりに布団たたきを持って踊り始めた二人。布団は先生に持ってもらった。四人で布団の周りをぐるぐる回ると、まるで本当に自分たちが布団という地球の周りを公転する衛星になったみたいだった。


 動きはどんどん大きく、音楽もどこか壮大に聞こえる。

 もはや、ただの創作ダンスではない気がした。


 そういえば、雄二が最初の話し合いでこう言っていた――。


「昔さ、遠足の前の日に楽しみすぎて、夢の中で宇宙旅行してたら、気づいたらおねしょしちゃっててさ……。

 その時、シーツにできた地図がめちゃくちゃ綺麗だったんだよ。地球みたいに丸くてさ。

 おねしょして怒られたけど、俺は『こんなすごい地図が描けるならまた旅したい』って思った」


 だから今回、雄二は布団に世界地図を描いて、みんなで宇宙を旅することにしたのだ。僕たちの妙なダンスにつられたのか、目の前のクラスメイト達も一人、また一人とこっちにやってきて一緒に回り始めた。僕たちは布団の周りを大きく円を描きながら、公転のスピードを早める。そして最後の盛り上がり部分で、雄二が一言叫んだ。


「俺たちの想像力は、地球だって飛び越える!」

 音楽が終わり、ダンスが終わった。僕たちを中心に円になったみんなが拍手する。

 次のチームの番になり、体育館はしん……と静まり返っていた。


 やがて、発表を見に来ていた校長先生がつぶやく。

「子どもの想像力は……天下無双じゃわい……」


「末恐ろしいわね……」

 お母さんたちが唸る。僕たちは、地球を離れ、地球の周りを公転する衛星になった。僕は、どこかすがすがしい気持ちでステージを下りた。

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【KAC20255】創作ダンス“布団” 鷹仁(たかひとし) @takahitoshi

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