乱れゆく日本語

春野 セイ

乱れているのは誰だ?



 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 皆さまはご存じだろうか、フレーメン反応というものを――。

 あれ? フレーメンの音楽隊だっけ? 違う。それはブレーメンの音楽隊だ。

 脱線した。すみません。


 フレーメン反応とは、臭いに反応して唇を上げる生理現象のこと、とある。

 うちには猫が数匹いるのだが、私はお題のために、その子たちのフレーメン反応を観察することにした。


 一匹の猫がフレーメンを9回も行えるだろうか。いや、それは不可能に近い。だが運のいい事にうちには数匹猫がいるので、観察してみたところ、さっそく1回目を目撃することとなった。


 ハナちゃんというオス猫が、壁に向かって鼻を近づけクンクンしている。そして――。

 目をカット見開き、耳は後ろへぴんと伸ばし、鼻をひくひくさせてから、口を半開きにして、恍惚の表情を浮かべた。

 これぞ、フレーメン反応だ。


 いける! これは、9回目も期待できると私は思った。

 ちなみに、壁には他のオス猫がマーキングをしたのだろう。

 マーキングと言えば、皆さまはご存じだろうか。

 最近、小説を読んでいると、あれ? これはもしやという表現を見かけた。ある男子生徒が友だちに向かって、


「じゃあ、お花摘み行ってくるわ」


 とのセリフが。

 え? この表現って山登りに行った際の隠語じゃなかったっけ? 昔教えてもらった言葉である。

 お花摘みは確かに表現としてはかわいらしい。だが、山登りの際のこのセリフはけっこう恥ずかしい。でも、山にはトイレがないのだから仕方ない。とここまで考えて、いかん、また脱線してしまった。すぐにマーキングされた壁を掃除する。


 次に、ハナちゃんは移動を開始、あ、くさいのを発見と思いきや、横になって眠っているオス猫に近づき、お尻の臭いを嗅ぎ始めた。

 くっさ、と言わんばかりに顔を離し、そして、ふわあ~と例の表情をする。

 面白い。見ているこちらは笑いそうになる。

 ハナちゃんは素晴らしいことにそれを数回して、私はしめしめと回数を数える。

 2回、3回目、4回……。

 しかし、ここまでか。

 ハナちゃんは脱落する。


 わたしは、ターゲットを別の猫に移した。

 ここまでの所要時間はあまり考えたくない。


 こんなことをしていていいのだろうか。小説のプロットを考える方がいいのではないだろうか。

 誘惑が私を襲う。そう言えば、この前、仕事をしていると高齢者のおばあちゃんがズボンの前チャックを開けたままトイレから出てきた。


「あ、理科の窓が開いてる」


 私は真面目に言った。


「は?」


 それを聞いた同僚が変な顔をした。


「え? だって、男性が社会の窓で、女性は理科の窓でしょ」


 わたしが真剣に言うと、初めて知ったとばかりに驚かれた。


 え? 社会と理科じゃないの?

 真相は明らかではない。あ、いけない。また、話が脱線している。


 ええと、そう。フレーメン反応する猫を追いかけ続けて、数日目。栄えある9回目が、うちのトラ猫の夢ちゃんだった。


 夢ちゃんが私に近づいてくる。

 え? あ、何? ドキドキしていると私の胸のあたりをくんくん、くんくん。

 そして、ふわあ~。


 出た! フレーメン反応。え、そんな……。私、臭いんだ……。

 臭い部分を嗅いでみた。


「ナニコレっ、くっさ。うわっ。耐えれん。くっさ」


 私は思わず着ていたフリースを脱いだ。


 皆さんはご存じだろうか。

 猫のお尻には、ある分泌液をためておく場所があることを。

 それの名を肛門腺と言い、正式名称は、肛門嚢と言って強烈に臭いのです。

 さっきまで、他のオス猫を抱いていたので、彼の肛門から飛び出した液が私の服についたのであろう。


 9回目は見事、夢ちゃんが私の服についた分泌液を嗅いで、恍惚の表情を見せてくれた。


 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 こじつけか? 乱れゆく私の日本語。

 ありがとう、夢ちゃん。

 私はお礼を言わざるを得ない。


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