【KAC20254】夢の中に閉じ込めて

阿々 亜

夢の中に閉じ込めて

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 夢の中で、私はあこがれのアイドルグループSBY109のメンバーだった。

 だが、夢に見るのは華麗なステージやライブではなく、グループ内での陰湿なイジメのシーンだった。

 最初は嘲笑される程度だったが、回を追うごとにイジメはエスカレートしていった。

 次第に大声で罵声を浴びせられるようになり、最後にはお腹を殴られたり、背中にタバコの火を押し付けられたりした。

 イジメの主犯格はグループのリーダーの高元由紀たかもと ゆきだった。

 高元由紀は文字通り私のアイドルであり、あこがれそのものだった。

 何を隠そう、私は高元由紀にあこがれて一時期アイドルを目指していたのだ。

 なぜ、そんなあこがれの対象からイジメを受けるなどという夢を見るのか?

 実を言うと心当たりはある。

 1年ほど前、SBY109のメンバー、行山遥香ゆきやま はるかがSNSで衝撃的な告発をした。

 高元由紀は本当に陰湿なイジメを行っていたのだ。

 行山遥香はグループ加入後すぐにイジメを受けるようになり、イジメの内容がどんどんエスカレートしていき、いよいよ耐え切れなくなり告発に及んだ。

 イジメの主犯として実名を晒された高元由紀は、無論大炎上し、引退を余儀なくなくされた。

 あのニュースが流れたときはとてもショックだった。

 アイドルの中のアイドルとして崇拝すらしていた高元由紀の隠された裏の顔を見せられ、天地がひっくり返るような思いをした。

 だが、今にして思うと私がただの一ファンで良かったのかもしれない。

 本当にまかりまちがってアイドルになり、SBYに入り、高元由紀から直接イジメを受けていたとしたら、それこそ立ち直れなかったかもしれない。

 告発した行山遥香もさぞ辛かったことだろう。

 彼女には全く非はないのだが、SBYの名を貶めたとして彼女もネット上で誹謗中傷にさらされ、高元由紀から数か月遅れてSBYを脱退し、今はどこでどうしているかわからない。

 ファンとして痛ましい出来事ではあったが、所詮は直接縁のない遠い世界のことだ。

 ちなみに、私は今入院中だ。

 かれこれもう半年になる。

 アイドルにあこがれた時期もあったが、体の弱い私にはアイドルなど所詮夢のまた夢だったのだ。










「あの患者さん、どうですか?」

「さっぱりだ。全然良くならないよ」

「まあ、かなり変わったケースですもんね」

「ああ、解離性健忘というか、離人症性障害というか、解離性同一性障害というか、そこら辺が入り混じった感じだな」

「今も内科疾患で入院していると思ってるんですよね?」

「ああ。病識を持たせるところからまず苦労してる」

「ですけど、本人にとってはこのままの方が幸せかもしれませんね」

「そうだな。もし記憶と人格が元通りになったら、さぞ苦しむだろうな」

「ええ、まさか自分が、イジメの主犯として炎上引退したあのだなんて、夢にも思っていないでしょうからね」




 夢の中に閉じ込めて 完



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC20254】夢の中に閉じ込めて 阿々 亜 @self-actualization

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ