第7話 新世界ー3 カルト施設へ
母親の元へ行くと決めてから、珍しくアラタは自分自身の体が軽く感じた。
アラタは、全身筋肉痛で痛むものの、目標というのはこれほどまでに人に活力を与えてくれるものなのかと思った。
二人は素早く首都へ───カルト宗教施設へ行くために準備支度をする。
その際、情報収集のためにテレビはつけっぱなしだ。
どうやら交通機関は一部運行を見合わせているらしい。
しかし、アラタたちがカルト宗教施設へ行くための路線はまだ止まっていないようだ。
手短に準備を済ませると二人は家を出る。眩しい新世界の朝日が二人を出迎えていた。
「ごめんミナ・・・またお金をお前に頼ることになってしまって・・・」
アラタは視線を下におろしかける。が、再び目を前に無理やり向け、続けてミナに言い放つ。
「でもっ、カルト宗教施設についたら後のことは全部任せてくれ。
今度は必ず母さんを取り戻す。ここに次帰ってくる時には必ず3人だ。
一日遅れの誕生会、絶対にやろうな。」
「───ふふっ頼りにしてるよ、アラタ。」
ミナはアラタに微笑むと二人はバス停に向けて駆け出す。アラタの全身が筋肉痛で悲鳴を上げた。痛い。
だがそれがどうしたというのだ。もう止まることはできない。
全てが今、変わろうとしているのだ。
アラタはなんとなく感じていた。これは神が己にくれた最後のチャンスなのだと。
祝福なのだと。
アラタはミナに遅れず走る。街では二人と同じように突然手に入れた能力に興奮する人々の姿が見えた。
見渡す限り、この街には「モンスター」がまだいないようだ。少なくともテレビで映っていたようなやばそうな怪獣レベルのものは。
「バスは何時に出るんだっけ!」
走りながらミナはアラタに問いかける。アラタはあらかじめパソコンで調べておいた時刻表のメモを取り出す。
「7時13分、あと2分だ!」
「やばい!!!」
二人は車が猛スピードで通り過ぎる朝の国道を突っ切ってなんとかバス停まで辿りつく。
二人でこんな無茶をするのは随分と久しぶりだった。幼少期の眩い思い出が脳裏に蘇ってくる。
バス停のベンチまで辿り着き、息を切らしていると、ちょうどバスがやってくるところであった。
二人はバスに乗り込み、母親がいると思われるカルト宗教施設へ───首都圏へと向かう。
・
バス内は混雑しておらず、昨日とさして変わらないものの、バスから見える景色は普段と異なっている。
見える街並みの中から黒煙が立ち上っているのを発見することは容易く、空の方を見てみると巨大な鳥のようなものが飛んでいるのが見えた。
遠方には雲よりも高く聳え立つ塔のようなものも見える。
あのようなものは昨日までなかったはずだ。この世界に現れたのは「モンスター」だけではないらしい。
バスに乗っている乗客はステータス画面を閉じて他人に見えないような状態にしている者もいれば、ステータスの閉じ方がわからないのか、開けっぱなしにして放置している老人も見られた。
バスを降りる際は運転手に「職業」はなんだい?と笑顔で問われたりもした。
バスの運転手は「守り人」という職業だったらしい。巨大な盾を見せびらかせてきた。
これが新しい世界なのだろう。
早速動き出している新しい社会の一端を見て、アラタはこれから向かう場所への不安を一時的に忘れて、胸を高鳴らせた。
バスから降り、ミナとアラタは駅に到着する。
が、その時にはすでに都内へと続く路線の運転は見直されている状況だった。
しかし、二人と同じように考えている人間は多い。
駅前の道路には都心へ向かう車が多く見られた。
他にもタクシーといった手段があるが、まだ都心までかなりの距離がある。費用がバカにならない。
それに、これ以上ミナに負担を強いるのは嫌だった。徒歩でカルト宗教施設の元へ歩けば日が暮れるだろう。
こうなれば残された方法は一つ、ヒッチハイクだ。
ミナとアラタは道路に出て腕を伸ばして親指を立てる。自分で言うのもなんだが、中学生二人組だ。大人がやるより警戒されにくいし、難易度は低い。それに片方は女。
幸い、のせてくれる車はすぐに見つかった。
二人にとってヒッチハイクというのは初めての経験だ。危険な人間が乗った車が止まったらどうしようかと思ったが、二人の前にとまってくれた車は優しそうな夫婦が乗ったワゴン車であった。
話を聞くとこの夫婦は都心で一人で暮らす自分たちの子どもを迎えに行く途中だそうだ。
子どもから「今の都心は色々とまずい状況なので一旦実家に戻りたい。が、交通機関が麻痺しているので迎えにきてくれないか」という旨の連絡が届いたらしい。
ミナとアラタは、逆に親を迎えに行くと言った。子供みたいな親だ。
カルト宗教施設にいくとは言えないのでカルト宗教施設の近くにある適当なコンビニの場所を伝える。
夫婦は帰りも乗せていってくれると言ってくれたが、ミナとアラタは断った。いつ帰れることになるかわからないのだ。
夫婦とアラタたち計4人を乗せた車は、都心に向けて発進する。
都心へ向かう車は多いが、同じように都心から離れた方向へ向かう車も多かった。
車の中で流れるラジオからは、各地で起きている被害の状況が生々しく伝えられてくる。
朝起きたばかりの時は被害よりこの「世界ゲーム化現象」を伝えるニュースばかりであったが、徐々にこの新世界の負の側面が見え始めているようだった。
「大変なことになっちゃったわねえ」
夫婦が顔を前方に向けたままポツリという。それからしばらくはお互いのステータス画面に乗った情報について適当な会話をした。
話していくうちに、夫婦は男の方が「射手」、女の方が「剣士」だということが分かった。
規則性はやはり全く見えてこない。
それぞれの性格にあっているようなものでもなかった。職業はどうやら適当に与えられるようだ。
お互いの職業についての話題が尽きたのち、4人とも外の世界に気を取られることが多いのもあって、会話派は少ないまま、車はミナとアラタが指定した場所へと到着する。
「本当にありがとうございました!」
ミナとアラタは夫婦に礼を言うと、急いでカルト宗教施設のある方へと向かった。
まだ少し施設までは距離がある。
現在時刻は11時35分。
車を出る際に確認した。どんよりとした雲が空にかかり、夏にしては──都心にしては涼しげであった。
都心はまさに混沌としていた。
どこかで常に大きな音が聞こえ、遠くには黒煙が上がっており、焦げ臭い匂いもぬるい風に乗って流れてくる。
道端では、今日手に入れた武器を振り回しているサラリーマンの姿も見えた。
パトカーのサイレンも途切れることを知らない。
ミナとアラタは、運が良いのか、今のところこの都心で何かトラブルに巻き込まれたりすること自体はなかったが、異常な状況であることは周りの音と異様な空気感からひしひしと感じ取ることができる。
二人は用意したメモを見ながら施設へ向かって駆けていくと、だんだんと視界の両脇にある住宅の塀が高くなっていく。
遠くで音は聞こえるものの、このあたりの
いよいよカルト宗教施設の入り口がある通りに来るとアラタは、ミナにここで留まるように伝える。通りには二人以外の人影はなかった。
タクシーが一台、カルト宗教施設のすぐ前の前で停車していたが、そこに人は乗っていないようだ。
「なっ、なんで止めるのアラタ!」
「俺一人で連れ帰ってくるよ。やばかったら俺をおいてすぐに逃げてくれ。見ただろ?昨日のあのやばい信者たちの顔。」
「なら尚更アラタを一人で──」
「ダメだ。お前には散々迷惑をかけた。
だからこれは俺のわずかながらの償いでもあるんだ。
俺は家族を連れ戻す義務があるし、お前には生き残ってもらわないと。」
ミナはこれ以上アラタに何をいっても無駄だろうと判断したのか口をつぐむ。
「・・・気をつけてね。やばかったすぐに戻ってきてよ。」
「あぁ。」
アラタはミナに背を向け駆け出そうとするが、ミナはアラタの袖を掴んだ。
「私をひとりにしないで。」
「あったりまえだ」
ミナがアラタの袖から手を離すとアラタはミナの目を見て強く頷く。
アラタは再度ミナに背を向けて駆け出した。
施設の入り口に近づくとアラタの右手には昨日も見た大量のポスターが出現する。
左手前方──施設の扉の前には人のいない、乗り捨てられたタクシーがあり、その姿がだんだんと大きくなってゆく。
ウィンカーがチカチカと点滅しており、それがアラタにこちらへ来るなと必死に訴えかけているかのように見えた。
タクシーが完全にアラタの左手に来る頃、アラタは足を止め、体を右側へと向ける。
アラタの正面には、昨日と違い、大きく左右に開かれた鉄柵の門扉が口を開けてアラタの到着を待っていた。
アラタは一歩、前へと踏み出す。
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