第8話 新世界ー4 カルト施設
アラタは、また昨日のように受付に母を呼ぶように言うつもりだった。
その後、母を殴ってでも連れ帰る。
他の信者が邪魔しようとするのならアラタはそいつらにも暴力を振るうつもりでいた。後日警察を呼ばれるようなことになっても、母を連れ返せればそれでいい。
何せとっくにアラタの人生は破綻しているのだ。牢屋にぶち込まれることになろうが失うものは何もなかった。
そもそも人の親を洗脳して金を巻き上げているような奴らが警察に頼るなんて冗談はやめてくれよともアラタは思った。多少の騒ぎでは警察なんて呼ばれないだろうとも。
アラタはいよいよ施設の中へと入り、受付の窓口の前に勢いよく迫ると、言葉を受付の人間に対して発しようとする。が、
───誰もいない・・・?
透明な仕切りの先には受付の人間がいるはずだった。
その奥にも施設の職員と見られる人間が何人かおり、代わりに対応できるような状況だったはずだ。
少なくとも昨日訪れた時はそうだった。
しかし、今日の受付から見えるその部屋に人の姿は一切見られない。アラタは予想外の出来事にたじろぎ、必死に頭の中に考えを巡らす。
───思えば今は昼の時間帯であるし、職員は昼食をとりにどこかへいったのかもしれない。
アラタの頭にはそれくらいの可能性しか思いつかなかった。定休日ではないはずなのだ。そもそもこの施設に定休日などあるのかわからないが。
アラタは意を決して受付に向かって声を大きく上げる。しかし返事はない。
アラタは恐る恐る右手を向いた。昨日と違って誰も出てくる様子はない。
アラタは施設内に足を踏み入れることに決めた。
今更手ぶらで引き返すわけにはいかない。それに今は配布された謎の剣もある。何かあればこれで威嚇しつつ脱出すればいい。
アラタは一歩踏みだす。施設の通路は右と左に分かれており、正面には二階へとつながる階段があった。
アラタは右手へと進む。昨日ここを訪れた際、信者たちは右手の方からたくさんずらずらと現れた。
加えて、同じく昨日施設の外側を見た際、右手に大きめなドーム上スペースがあることは確認できている。
そこに多くの信者がいるとアラタは踏んだ。そこには母親もいるはずだと。
アラタは急ぎ足で、しかし周りに警戒しつつ突き進む。
前方には立派な両開きの扉が見えた。ドーム上のスペースの入り口はここで間違いないようだ。
アラタは、片方のとびらの持ち手を左手で掴む。右手はいつでも不測の事態に備えられるようにあけたままだ。
恐る恐るアラタが扉を開けるといきなり「グエッ」という男の声と不気味な歌声が室内から聞こえた。
アラタはこの扉がかなり分厚く、重いことに気づく。
どうやらこのドーム上の建物は防音室になっているようだった。
開けた扉の隙間から中を覗くと、そこには教祖らしき人物が目隠しをした大量の信者たちの首を刎ねている途中であった。
「それえっ!それえっ!」
教祖らしき黒髪の男は、口角を一定の角度で上げたまま愉快そうに次々と列になって正座している信者の首を順番に跳ね飛ばしている。
ドーム上のスペースには畳が目一杯敷かれており、教祖が首を跳ね飛ばすと、畳に落ちた首の音をその畳は吸収した。
飛ばされた首は、教祖が片手で飛ばしたとは思えないほど勢いよく吹きとび、しばらく地面を転がった後、跡形もなく消滅した。
あまりにも訳のわからない光景にアラタは唖然とするしかなかった。
すでに世界は意味のわからないようなことになっているのに、この光景はそれでもアラタに衝撃を与えるには十分なものだった。
目隠しをした信者たちは自分たちが順番に首を切り落とされていることに気づいていないようだ。
信者たちは大きな声で歌いながら正座をしている。
いくらカルト宗教組織が野放しにされているとはいえ、こんな大量殺戮行為をして許されるわけがない。
アラタは、この現象が通常とは異なる理由───「ゲーム化」が起こったことで行われているはずだと考え、その理由を探す。
答えはすぐに見つかった。
教祖らしき男のステータス画面だ。
新たの方からは、教祖らしき男のステータス画面に何が書かれているのか確認することはできないが、ピロピロと音をあげているのが確認できた。
聞き覚えのある音だ。それは今朝、ちょうどアラタが経験値を得た時にゲージが上がる際になっている音だった。
───「生き物」を殺せば経験値が得られる。
この教祖らしき人物は自分の信者たちを殺して、経験値を貯めているようだった。
朝見た殺した虫の様子や、今目の前に広がっている首を切られた死体が消滅している現象から見て、おそらくこの世界では生き物を殺すと、死体は跡形もなく消滅してしまうようだ。
ちょうど、多くのゲームでも敵モンスターを倒すと死体は転がらずに消滅するように。
殺した証拠がどこにも残らない、死体を隠す必要がない世界になってしまったというのがどれほど恐ろしい事実なのかアラタはこの瞬間に理解する。
だが、それにしてもこの教祖らしき男のしている行為は狂いすぎている。
死体が消えているとはいえ、これだけ殺せば流石に警察にバレるだろう。教祖らしき人物は次の信者の首を切り落とすべく、手に持った短剣を構える。
「やめろおッ!何してんだお前えっ!」
アラタは扉を開け放つと怒鳴った。
信者たちの歌声がやむ。そのまま信者たちはぴくりとも動かなくなってしまった。どうやら命令を待っているようだ。アラタは大声で信者に呼びかける。
「さっさと目隠しを外してその男から離れるんだ!男は今、刃物を持って、お前たちの首を切り落としているんだぞっ」
アラタの声は確かに信者たちに届いているはずだが、彼らはぴくりとも動かず静止し続けたままだ。
「君は誰だね。───いや・・・わかるぞ。
昨日来たって報告があった、おにぎり62号・・・3だっけ───の子供だね?」
「セニム・サチコだッ!」
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