第13話。夢と目覚め

七海の目覚め

七海は、ゆっくりと瞼を開けた。数日間の眠りから覚めた彼女は、まだ少し弱々しいものの、はっきりとした意識を取り戻していた。周囲の白い壁や天井がぼんやりと視界に入る。彼女は、自分が病院のベッドにいることに気づき、心の中に広がる不安を感じた。その瞬間、彼女の視線がベッドの横に寄り添うナナミシノハラに留まった。


「ナナミシノハラ…」彼女は心の中で呟き、ゆっくりと口を開いた。その声は、まだかすれてはいたが、少しずつ力強さを増していた。「あの…私…両親がいなくて…事故で…亡くなったんです…」


彼女の言葉は、静かに病室に響いた。今まで、自分の境遇についてナナミシノハラに打ち明ける機会はなかった。しかし、彼の深い優しさに触れ、自然と心を開いてしまったのだ。心の奥に閉じ込めていた思いが、彼の前では素直に表れた。


「…お見舞いに来てくれるなんて…」彼女は続けた。彼女の瞳には、涙が光っていた。それは、悲しみだけではない。深い感謝と、少しの驚きが混ざり合った涙だった。両親を失った彼女の孤独な人生に、温かい光が差し込んだ瞬間だった。


「…しかも、ナナミシノハラ先生が…ここにいるなんて…」七海の言葉には、少し照れくさそうな響きがあった。ナナミシノハラは、彼女にとって単なる仕事仲間以上の存在になりつつあった。彼女の心の中で、彼は特別な位置を占めていた。


「…私のお母さんだったら…いいな…」彼女は、静かに呟いた。その言葉には、切実な願いが込められていた。彼女は、本当に母親のような温かさを感じていたのだ。


ナナミシノハラは、七海の言葉に胸を打たれ、静かに答えた。「…あたしも…子供いないし…」その言葉は、まるで自分自身の寂しさを代弁しているかのようだった。二人の間には、言葉にならない共感が流れた。それは、血の繋がりを超えた、深い絆の始まりだった。


「でも、ナナミ先生は本当に忙しいのに、私のためにここまで来てくれたんですね…」七海は、感謝の気持ちを込めて言った。ナナミシノハラは、普段から多忙を極める人物だった。彼は、デザイナーとしての仕事だけでなく、数々のプロジェクトを抱えていた。その中で、彼女のために時間を割くことは、並大抵のことではなかった。


「仕事がある中で、こうして来るのは簡単じゃないよ。」ナナミは少し照れくさそうに笑った。「でも、あなたの無事を知るためには、何が何でも来たかったんだ。」


七海は、彼のその言葉を聞き、心が温かくなった。彼女は、自分の存在が誰かにとって大切なものなのだと感じた。「ナナミ先生の優しさ、私にはとても嬉しいです。」彼女の言葉には、本心からの感謝が込められていた。


「そう言ってもらえると、嬉しいよ。」ナナミは微笑みながら言った。「でも、あなたが無理をしないように、もっと自分を大切にしてほしい。才能があるのは素晴らしいけれど、それがあなた自身を傷つけるようなことは許せないから。」


七海は、ナナミの言葉に心を打たれた。彼女は、自分がどれほど無謀だったかを改めて実感し、少し恥ずかしさを覚えた。「ごめんなさい、私…自分を大切にすることを忘れていました。」


「それが一番大事だよ。」ナナミは優しく言った。「あなたの未来は、あなた自身の手の中にある。だから、自分を大切にして、夢を追いかけてほしい。」


その言葉に、七海は静かに頷いた。彼女は、自分の夢を追い続けることができるのは、周りの人々の支えがあってこそだと実感した。ナナミシノハラがいるからこそ、彼女は自分の道を切り開くことができるのだ。


「ナナミ先生、私、もっと頑張ります。」彼女は決意を新たにして言った。「自分を大切にしながら、夢を追いかけます。」


「それを聞いて安心したよ。」ナナミは微笑み、「これからも、一緒に頑張っていこう。あなたのことを応援しているから。」


二人の間に流れる温かい空気は、まるで新たな絆を築くかのようだった。七海は、ナナミの存在が自分にとってどれほど大切かを感じていた。彼女の心には、再び希望の光が差し込んでいた。


その後、ナナミは忙しさを思い出し、少し気まずい表情を浮かべた。「さて、そろそろ仕事に戻らないと。あなたのために時間を作ったけれど、プロジェクトが待っているから。」


「大丈夫です、ナナミ先生。私が元気になったら、また一緒にお仕事しましょう。」七海は微笑んで答えた。


「その意気だね。早く元気になって、また一緒に頑張ろう。」ナナミは、彼女の返事に安心感を覚えた。


彼が病室を後にする際、七海は心の中で彼の背中を見送りながら、彼の存在の大きさを感じていた。彼女は、ナナミシノハラとの出会いが、自分の人生にとってどれほど意味のあるものかを改めて実感していた。


「ありがとう、ナナミ先生…」彼女は心の中で感謝の言葉を繰り返した。七海は、これからの未来に向かって、再び自分の道を歩き始める決意を固めていた。彼女の心には、ナナミの優しさが温かく灯っていた。

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夢みる、ナナミシノハラ 志乃原七海 @09093495732p

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