拙者のアイドル

沢田和早

拙者のアイドル

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 そう思ったところで目が覚めた。夢を見ていた。9回目の夢を見ていた時の夢だ。

 あの頃の拙者はこの山城ばかりを夢見ていた。それは今も変わらぬが今の拙者は人ではない。猫だ。


「きゃー尻尾振ってる。かわいい」


 女性がこちらにスマホを向けた。拙者の名は三十郎。猫城主として観光客のアイドルになっている。このような事態に至った理由は今もわからぬ。


 200年ほど前この土地に武士として生まれた。幼い頃から山頂に立つこの城が大好きだった。見ているだけで武士としての誇りが感じられるのだ。あの山城に出入りするようなお役に付きたい、そう思っていた。


「お取り潰しとな……」


 その夢は叶わなかった。拙者が二十歳を過ぎた頃、不祥事により当家は断絶した。拙者は生まれ故郷を離れ都で武士団に加わった。腕に自信があったので身を粉にして働き多くの手柄を上げた。

 だが拙者の心は満たされなかった。山城が忘れられなかった。夢に見るほど故郷が懐かしかった。鬱積した心が拙者の振る舞いを粗暴にした。それが災いしたのだろう。9回目に山城の夢を見た日、拙者は何者かに斬られ命を落とした。

 しかし魂は消えていなかった。気づけば拙者は猫となって見知らぬ屋敷の縁側にいた。


「ここはどこだ」


 周囲は見知らぬ物で溢れかえっていた。高い建物。頭上に張られた鉄線。だがひとつだけ変わらぬ物があった。遠くに見える山城だ。


「行こう」


 拙者は走り出した。背後から「なつめ、待ちなさい」という声が聞こえた。拙者は飼い猫だったようだ。だが山城への思いは捨てられぬ。豪雨の爪痕が残る街を抜け拙者は山を登った。そしてついに本丸への登城を成し遂げた。


「おお、これが夢にまで見た天守なのだな」


 猫の目から見た天守は山のように大きく見えた。拙者は感無量の涙を流した。


 その日から拙者はこの山城に住んでいる。ここに来て六年が過ぎた。今では誰もが拙者をアイドルとして扱う。アイドル……崇拝される人や物。ならば拙者のアイドルはこの山城だ。この地でも都でも夢の中でも、いつもこの山城を思い続けていた。そしてこれからも思い続ける。この山城は拙者にとって永遠のアイドルなのだ。
















 


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