第2話 夕暮れはいつだって俺に優しい

 こんな状況だが、少しだけ俺のことを話す。

 聞き流してくれてかまわねえ。

 俺の名前はハッチ。ただのハッチだ。口さがない連中は白髪頭なんて呼ぶ。


 俺の住む町は王国の外れも外れ、その先は凍える山脈があるだけの寂れた場所に位置している。

 先々王の時代は鉱脈目当ての労働者や、それをあてにした商人たちで、ちょっとは栄えた町だったらしいが今は昔だ。

 この町に残ったのは土地神様が仕切る迷宮と、それを目当てにやってくる探索者を相手にした、な酒場がいくつかあるだけだ。


 俺はこの町で産まれて育って、今年で二十七になる。

 親はいない。見たこともねえ。町が営む施設で子供時代を送り、十三歳になると追い出された。


 今回のトラブルを起こしたグルービーとマーチンは、同じ施設で育った幼馴染ってやつだな。

 あの馬鹿二人は、手を出しちゃいけねえヤツの、手を出しちゃいけねえ薬に手を出したんだ。

 俺たちはいつも三人一緒で数えられて育った。だから今回も一緒だと決めつけられたってわけだ。


 何も知らねえ俺は、呑気に酒場でいつものように安酒を煽っていたらここに連れてこられた。まあ、そんな話だ。


 じゃあ話を戻すぜ。

 

 もう限界だ。そう思い、腹を括った俺がズボンの隠しナイフに手を伸ばした時、部屋のドアが勢いよく開けられた。


 ガルシアの手下が、顔を腫らして血を流しながら意気消沈といった体の“金髪”グルービーと“団子鼻”マーチンを連れて戻ってきたのだ。

 グルービーは床に転がった俺を見つけると、まるで四葉のクローバーを探し当てた子供のような笑顔を浮かべた。

 その笑顔に嫌な予感を覚えるが、ボコボコにされたヤツの姿に少しだけ溜飲をさげる。

 女たらしのグルービーも腫れあがったあの顔じゃ、しばらくおイタはできまい。相方のマーチンもいい感じに血塗れだ。ざまあみやがれ。

 視線に気づいたマーチンが俺の醜態に嘲りの表情を浮かべる。

 

「へっ、ざまあねえな。仲間を売るからそういう目にあうんだぜ。」


 マーチンはそう言うと俺に向かって唾を吐きかけやがった。

 言い返すところは言い返さないといけない。


「誰が仲間だ、クソッタレ。こっちはてめえらの所為でとばっちりを喰らってんだよ。ガルシアさん!こいつら早く叩き殺した方がいいですよ!」


 グルービーは不敵に笑うとこう言った。


「そりゃねえぜ兄弟。こっちはおめえの描いた絵図に従っただけだろう。」


 クソクソクソ!とんでもねえことを言い出したぞ!

 こいつは俺を主犯にするつもりでいやがる!

 恐る恐るガルシアを覗き見ると、「それくらい知っていたさ」という顔をしている。こいつは本格的に不味いぞ。


 暴れるマーチンが酒樽のような身体を床に押し倒されると、手下に短剣を首筋に押し当てられる。

 殺るなら殺れとマーチンが怒鳴り、最後の意地を見せた。

 ナイスガッツ!お前は男だぜ!

 あばよマーチン。お前の仇はグルービーがきっと取ってくれるさ。マーチンの最後の勇姿を目に焼き付けようと心を躍らせるが、その刃がひかれることはなかった。


「そろそろ、この話の落とし所を探そうじゃないか。」


 ガルシアが再び俺に話しかける。

 話もクソもあるもんか。グルービーとマーチンの二人を片付けて、それで終わりだろうが。俺は関係ねえんだよ!


「金貨三十枚だ。一人十枚じゃねえ。三人で三十だ。この意味はわかるな?一人でもバックれてみろ。必ず探し出してその首を三つ並べて晒してやる。」


 これは脅しじゃない。やると言ったらやる男だと俺たちは知っている。そして、それだけの力を持っている。


「まあ、現実的な数字じゃないことはわかっているさ。そこでだ、お前らが奪った商品は、そのままお前らの買取にしてやる。

 そうだな、金貨十枚ってところだな。そいつを上手く売り捌いて合計四十枚の金貨を俺のところに持ってこい。二週間待ってやる。」


 ガルシアは話が終わると、冷たい視線を残し部屋から出ていっちまいやがった。俺たちは意見することすら許されなかった。


 最後に一通り小突きまわされると、三人揃って表通りに投げ捨てられた。


 夕暮れの通りは帰りを急ぐ人々がいるだけだ。

 気持ちの良い小春日和なんて影も形も残っていやしない。

 寒空の下、通りを歩く人々の気づかいが身に染みやがる。

 血を流し、息も絶え絶えの憐れな俺たちから目を逸らし、見えないふりをしてくれている。

 これ以上の恥をかかせてはいけないと思ったのだろう。

 それでいい。

 無責任な優しさは、俺をいつだって惨めにさせるのだから。

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