スギ花粉の妖精さん
津多 時ロウ
スギ花粉の妖精さん
「うわあああああああ!」
こんなことなら母の言うことを聞いて、外に出なければ良かった。
今、目の前には黄色い塊が浮いていて、それが私を目掛けて猛スピードで飛んできている。
視界を覆い尽くすように広がる黄色、黄色、そしてまた黄色。
それをよく見てみれば、とてもとても小さな物体の集合体であることが分かる。
ハエかミツバチのような羽音を響かせてそれは飛んでくる。
必死に走り、一心不乱に手を振り回した私の抵抗も虚しく、細かく黄色い群れにあっという間に取り囲まれ、体にとりつかれた。
ねえ、遊ぼうよ。
僕たち、人間が大好きなんだ。
ねえ、遊ぼうよ。
僕たち、人間と仲良くしたいんだ。
ねえ、遊ぼうよ。
たくさん遊ぼうよ。
遊ぼうよ。
黄色い妖精のような物体が、甲高い声を口々に発しながら、鼻、口、目、耳。穴という穴をこじ開けて、黄色が私に侵入してくる。抵抗する間もなく私に入ってくる。私が黄色で埋め尽くされる。私が黄色になる。だというのに、不思議なことに痛みはない。しかし、ただただ不快で気持ち悪く、恐ろしい。そして、ここから逃げ出したいのに逃げられない。
何もできない。
果たしてこれは液体であるのか、流体であるのか、固体であるのか、それとも人類の汚泥であるのか。私の手足は大量の黄色の中にあって、もがくことすら難しい。大量の泥に飲み込まれたとしたら、きっと今みたいになす術もなく溺れてしまうのだろう。
いずれ消えていくであろう意識の中、私は彼らのことを思い出していた。虫の羽音のようなアソボウアソボウアソボウの大合唱の中で、私は彼らのことを思い出し、望み、心の中で助けを求めた。
「……リーン、一帯を……しろ!」
幻聴があった。こんなところに彼らが来るはずもないのに、聞こえるはずなどないはずなのに。
けれど、もう一度。
「グリーン、一帯を封鎖しろ!」
「おう!」
ああ、あの声だ。いつかニュースで見た彼らの声だ。これは幻聴ではない。はっきりと聞こえる。次も、その次の言葉も!
「シールド・ウインド設置! 封鎖完了!」
「次、ブルー! 固定開始!」
「今やってるよ。っと、……
私の体からぼとぼとと黄色が落ちていき、すぐに雲一つない青空が見えた。その落ちた黄色たちは落ちるそばから、空中のある地点を目指して吸い寄せられていく。
「おっしゃあ、やってやるぜ! くらえ妖精ども!」
とても大きいその声の主を見ると、赤いツナギを着た男の子の手から真っ赤な炎が噴き出した。それは真っ直ぐに宙にのびていき、ついにはボンと大きな音を立てて黄色を灰塵に帰したのだった。
「俺たち、消防庁防災部防災課変異スギ花粉特殊鎮火係!」
ああ、かなりの早口で決めポーズを取った男の子のお陰でやっと思い出すことができた。正式名称で呼ばれず、通称のカフーン・バスターズで呼ばれる彼らの名前を。
――――――――――
西暦20XX年、突如、極東から現れた黄色い悪魔「カフーンS」によって、人類は存亡の危機にさらされていた。
カフーンSは翅を持つ妖精の姿を持っていた。
しかし、その外見と裏腹に、彼らは人間を内側から破壊する恐るべきスギ花粉だったのだ。発見されるや否や、瞬く間に世界中に広がり、一年も経たずに人類のおよそ半数を死滅させたのである。
だが、カフーンSが最初に発見され、もはや人類が絶滅したと思われていた極東で、滅亡の運命に抗う者たちがいた。
消防庁防災部防災課変異スギ花粉特殊鎮火係、通称カフーン・バスターズ。
果たして彼らが、そして人類がカフーンSを駆逐する未来はあるのだろうか。
――――――――――
――あの後、無事に帰宅できた私はこっぴどく母に怒られたが、無事に返ってきてよかったと抱きしめられることもあった。
明日からはテレビのカフーン予報をきちんと見ようと誓い、心地よい疲労感とともに私は眠りにつく。
耳の中から「ねえ、遊ぼうよ」と聞こえてくるのは、きっと昼間の事件のインパクトが強すぎたせいなのだろう。
『スギ花粉の妖精さん』 ― 完 ―
スギ花粉の妖精さん 津多 時ロウ @tsuda_jiro
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