慈母
「この子を産みたくないのです」
うっとりと慈愛に満ちた顔で、女はそう言った。
女の腹ははち切れんばかりに大きく、言わずとも臨月であることが分かった。女は、透ける薄いベールでできたワンピースを纏い、自分の腹を何度も何度も、優しく撫でさすった。
女の腹は透けていた。ほの暗い羊水はところどころ藻が浮き、半透明の水草が揺蕩っている。そこに数匹の魚が泳いでいた。
それは水槽のようだった。惑星や腐りかけの卵にも見えた。
何度も何度も、女の手は腹を行き来した。
「この子を産んでしまって、私と別のものになってしまったら、私は、この子を愛せないはずです」
女は腹の中のものを「この子」と呼んだ。
「私と一つだから、愛せる。私に似た別の生き物なんて、いらないでしょう」
女が息をして心臓が鼓動を打ち、撫でる手から振動が伝わるたびに、水草は揺れ、魚たちは向きを変えた。
「この子、産みたくないなあ」
水の揺れる音がした。
女の透けた腹に光が当てられ、女の足が大きく開いた。
私は分娩台の、女の股の間にいる。
泣き声が聞こえた。
私は溺れないよう必死に女の足を掴み、顔を上げ、この世で一番大きな息をした。
詩集 椎名S @siina_S
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