第10話 未来の音


 季節は巡り、夏がすぐそこまで来ていた。


 期末テストも終わり、クラスでは進路の話が本格的になり始めていた。


 陽は、いつものように放課後の音楽室にいた。

 奏と並んで座りながら、鍵盤を軽く叩く。


「……なんか、ずっとここにいる気がするな」


 そう言うと、奏はクスッと笑った。


「そうだね。……でも、もうすぐ三年生だし、ずっとここにいるわけにもいかないね」


「……そうだな」


 少しの寂しさが混じる。

 けれど、時間は止まらない。

 進路の話が現実味を帯びてくる中で、ふたりもまた、それぞれの道を考え始めていた。


 「陽くんは、進学するの?」


 奏がぽつりと尋ねた。


「うん。……音楽を続けたいって思ってる」


 迷いのない言葉だった。


「音楽を仕事にするのは簡単じゃないけど、それでも俺は、自分の音をもっと深めたいと思ったんだ」


「そっか……陽くんらしいね」


「奏は?」


 少しの沈黙の後、奏はゆっくりと答えた。


「……私も、音楽を続けるよ。前は、ただ弾くだけで楽しかったけど、今は違う。ちゃんと、自分の音を届けたいって思うようになったから」


 陽は、静かに頷いた。

 きっと、それが奏の「見つめ直した答え」なんだと思った。


 そして、ふたりは同時に気づく。


 ――それぞれの道は、これから交差しながらも、別々に続いていくのだと。


 ***


 高校最後の文化祭が訪れた。

 音楽室での最後の発表の場だった。


 ふたりは連弾で演奏することを決めていた。

 曲は、最初に弾いたあの曲。


 ステージに上がり、向かい合って座る。

 ふと、奏が小さく呟いた。


「ねえ、陽くん。私ね……」


「ん?」


「私、これからも、陽くんの隣でピアノを弾いていたい」


 陽は、一瞬驚いたような顔をしたあと、ゆっくりと微笑んだ。


「……俺も。きっとこれから、いろんなことがあると思う。でも、奏とだったら、一緒に乗り越えていける気がする」


 そして、鍵盤を叩く。


 ふたりの音が、ひとつになって響く。


 まるで、未来への扉が開かれていくように――。




## エピローグ


 春――。


 陽は大学で音楽を学び、奏もまた、自分の音楽を追い続けていた。


 ふたりの道は完全に同じではない。

 それでも、時々ふたりでピアノを弾く時間は変わらなかった。


「私たちの音楽って、これからどんなふうに変わっていくのかな」


 奏がふと呟くと、陽は微笑んだ。


「さあな。でも、俺たちらしい音を奏でられる気がするよ」


 隣には、変わらない笑顔があった。


 ふたりの音楽は、まだ始まったばかりだった。


(完)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あの教室で、君と えもやん @asahi0124

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ