吾焦がれ

安崎依代

「嫌いなのよね。『あこがれ』って言葉」


 私が神ともあがめる御方は、私が捧げた言葉を容赦なくぶった切った。


「……え?」


 文芸誌即売会の片隅に鎮座ましました我が神は、酷くよく通る声でのたまった。


「な、何で、ですか?」

「憧れって、最初から手を伸ばすことを諦めたような響きがあるじゃない」


 どうして私はこんな問答をしているのだろう。私は彼女の作品を手に入れたいだけなのに。『「トリの降臨」一部ください』『あなたに憧れています』と口にしただけなのに。


「憧れるくらいなら、焦がれなさい」


 不意に神はスルリと立ち上がると私へ手を伸ばした。


「私に焦がれて、手を伸ばしなさい。私の隣に並びに来なさい」


 神の手が、私の頬をスルリと撫でる。そのまま顎にかけられた手は、私に視線を逸らすことさえ許さない。


「それぐらいしてくれなきゃ、つまらないわ」


 そう言い放った神は、不意にフワリと笑った。


 まさに神と崇めるにふさわしい、私を挑発するような顔で。


「私、いつまでもあなたの『憧れ』でいるつもり、ないから」



  ※  ※  ※



 私はパイプ椅子に深く腰を預けるとスマホを取った。


 そのまま流れるようにSNSを開き、検索候補の筆頭に出てくる名前をタップする。


 その先に流れる怒涛の投稿に目を通した私は、満足に目を細めた。


『待ってヤバイ無理』

『あんなんファンサじゃん』

『神が神すぎた』


 それはとある作家のアカウントだ。


「油断大敵よ、『しーちゃん』先生?」


 彼女は気付いていないけれど、私は彼女の投稿をかなりマメに追っている。


 彼女が私の作品の熱心な読者であることも、彼女がこの時間帯にここへやってくることも、このSNSで知った。


 しかし彼女は知らない。


 そんな私自身が、彼女の作品の熱心な読者であるということを。


 ──まぁ、知りようがないわよね。サイトの栞機能を使わずに、全部ブラウザのブックマークで追っているから。


「『憧れ』だけじゃ寂しいわ、先生」


 憧れ。その言葉は『魂が身から離れる』という所に由来があるらしい。


 魂だけじゃ触れられない。私はそれだけじゃ満たされない。


に焦がれて。それ以上を求めて」


 私は画面の向こうにいるであろう彼女の姿を思い浮かべると、意地の悪い笑みを浮かべてみせた。

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吾焦がれ 安崎依代 @Iyo_Anzaki

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