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「比翼」コミカライズ単行本1巻・1/29発売決定!&第6話掲載記念SS 【一六勝負は末弟の嗜み】

昨日発売になりました「コミックライドアイビーvol.35」にコミカライズ版「比翼は連理を望まない」第6話が掲載されております。

ついに黄季君の武力無双の片鱗が見えるシーン(書籍版書き下ろしシーン)が漫画になりました! そう、このシーンが見たかったのよ安崎は……! あとガラ悪い感じで座り込む慈雲さん! もうほんっと安崎の脳内にあったそのままな仕上がりに感動したので、皆様もぜひ本誌をお確かめくださいませ! 単話版は多分来月の配信になると思います。

そして! 紙派の皆様お待たせしました!

単行本1巻の発売が2026年1月29日に決定しました!! 紙・電子同日発売です!!

ぜひとも皆様、ご予約お願いします!

単行本にはちょこーっとだけ、web版・書籍版・Twitterのどこにも出ていない情報が補足で入っていたりします。コミカライズサイドからご質問をいただいて、そこの穴を埋めるために設定を考えたので、本当にどこにも出てない情報です(本当に一言だけなのですが……)

発売日当日に入手を考えている皆様は、売場で見つからなかった場合は即取寄注文をお願いしますね! 見つからないから諦めるとかやめてね……!! 恐らく過去一売場で見つけるのが難しい作品になると思うの……!!(安崎がいつもお世話になっている本屋さんはここのレーベル様のお取り扱いがなくて安崎はいつも泣いてる)

どうぞよろしくお願いいたします!

というわけで、前置きが長くなりましたが、今月の掲載記念SSです。第6話掲載&単行本1巻発売決定にかけまして、こちらをどうぞ!

時間軸としては第一部を書籍版ルートで通過→第三部頭以降を想定しています。

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【一六勝負は末弟の嗜み】


「なるほど。そうやって切り抜けていたのか」

 今更蒸し返された話に、黄季は何とも言えない表情のまま頬をかいた。

 実際問題、どんな顔をしていたらいいのか、よく分かっていない。

『そういえば、あの時、どうやって切り抜けたんだ』

 氷柳が唐突に、本当に何の脈絡もなく口火を切ったのはしばらく前のことだった。さしもの黄季もそれだけの言葉では氷柳の意図が分からず、根気強く問いを重ねることでいつのことを指しているのか理解できたのがつい先程である。

 ──まさか今更になって、西院大路の路地裏でのやらかしについて根掘り葉掘り訊かれるとは。

 濃い陰気をまとったゴロツキ達を追って路地裏に潜入したものの、とっさに浄祓呪を行使することができず、武力で制圧するに至った一件。

 あの時の氷柳は、水鏡から見える景色と音、さらに屋敷の中から読んだ呪力の流れで状況を把握していた。

 黄季が何らかの手段でゴロツキ達を無力化し、後からやってきた慈雲に浄祓作業を引き継いで事なきを得た、という流れは氷柳も把握できていたという。状況的に物理で沈めたのだろうということも、黄季の真の実力を知った今ならば想像に難くなかったらしい。

 だが実際に何が起きていたのか、細かいところは分からないままだった。今ならば問えば教えてもらえるかと思って質問してみた、というのが問いの意図するところのようだ。

 ──まぁ、分からないようにするために、とっさに鏡を投げ上げたわけだけども。

 あの時の自分が思惑通りに氷柳の視界を塞ぐことに成功していたことを安堵するべきか。やはりその辺りの己の手腕はとっさのことでも信頼できると誇るべきか否か。

 その辺りの何とも言えない思いとともに、黄季は曖昧な笑みを浮かべ続ける。対する氷柳は黄季の武芸の腕に改めて感心したという顔で黄季のことを眺めていた。

「てっきり素手であれだけの人数をいなしたのかと」
「できなくは、ないですけども……」
「棒術は、長兄殿から?」
「あ。えっと。父と、一番上の兄と、あと四番目の兄も長物は得意で」
「四兄殿も?」

 ──ん? 俺、紅兄は棒術が得意だったって話、氷柳さんにしたっけ?

 ふと疑問が頭を過ったが、あまりに会話の流れが自然だったせいで問いを挟む隙間がなかった。氷柳の顔には今『四兄殿も棒術が使えたのか?』という新たな疑問が浮かんでいる。

 ──何かの話のついでに、俺がこぼしてたのかも。

 己の疑問に自分で答えを出した黄季は、氷柳の問いに軽く頷いてから口を開く。

「緑兄……四番目の兄の得手は矛だったんですけども。棒や槍も、長物は割と何でも得意で」
「それぞれの兄君から、色々と教えられていたんだな」
「はい。特に四番目の兄は、俺を可愛がってくれたので」

『武芸以外にも色々と、……そりゃもう「色々」と、面白がって教えてくれました』という言葉は、そっと呑み込んでおいた。あまり人に言うとよろしくないことも、黄季が興味を示せば緑亥は教えてくれたので。

 ──その点、萌兄は口が固かったよな。

『こんなことをお前に教え込んだって紅の兄貴と青の兄貴に知られたらゲンコじゃ済まない』と、我に返った緑亥がよく顔を引き攣らせていたことを、今でも覚えている。

 そんな四兄との思い出に、黄季は思わず眦を緩めたのだった。


  ※  ※  ※


 ──ってことがあったなぁ、最近なぁ。

 泉仙省の休憩室。並み居る実力者達がこぞって自身の手元に視線を注ぐ様に曖昧な笑みを浮かべながら、黄季は手の中にある賽を弄んでいた。

 猛華比翼に双玉比翼、乱寂比翼に氷柳という実に豪華な面々が囲んだ机の上には、蛇腹状に枡目が書き記された一枚の紙が置かれている。

『この枡に止まった者は左隣に座る者の額に本気の指弾を喰らわせること』やら『大きな声で自身の秘密を暴露せよ』『一回休み』『追加で二枡進め』などと書き込まれた枡目の上には、囲んでいる面々と同じ数だけの色違いの碁石が置かれていた。

 どうやらそれぞれの霊力の色を自動で宿すらしく、『上がり!』と書かれた最後の枡のひとつ手前にいる黄季の位置を示す碁石は淡く琥珀色の光を帯びている。

 黄季がこの奇妙な盤上遊戯に巻き込まれたのはしばらく前のことだ。『慈雲に修祓完了の報告をしてくるから、お前は帰宅の準備を』と言い置いて分かれた氷柳がいつまで経っても戻ってこないから探しに来てみたらこの現場に遭遇した、という流れである。

【一度参戦すると、誰かがピタリと最後のマスにコマを置かねぇと、全員離席できない仕様になってるらしいんだ】

 ゲッソリと疲れた顔で事情を説明してくれたのは慈雲だった。

 何でも、乱寂比翼が倉庫を掃除している時に発見し、いつものごとく意地の張り合いで始めてしまったらしい。賽を振り、出た目に従って碁石を進め、先に最後のマスまで到達した方が勝ち、という盤上遊戯だという。

 だがこの道具はただの遊び道具ではなかった。

 術式が刻まれた代物で、出た目に従って碁石が勝手に動く他に、枡目に書き込まれた罰則を強制的に参加者に課す、という恐ろしい機能まで備えているらしい。さらにピタリと最後のマスに止まる目が出ないと、再び碁石が開始時点に振り戻され、余った数分進んだ位置に碁石が現れるのだというはた迷惑な機能まで備えていた。

 無理やり解呪する方法も、マスに書き込まれた指示を無視する方法も、乱寂比翼には分からなかった。賽を転がさず、上からストンと落としただけでは『賽を振った』という認識もしないから、意図した目を出すことは実質不可能だったらしい。

 幸いなことに術式が刻まれているのは枡目が書き込まれた紙のみで賽に仕掛けはないようだが、意図した目を出せないならばそのことが分かっても意味などない。

 おまけに途中で勝負を放り出すことができないどころか、席を立つことさえできない仕様になっていると乱寂比翼が気付いたのは、三周目に突入した辺りでのことだという。

 自力で解決できる目処が立たなかった乱寂比翼は、通りがかった双玉比翼に助けを求めた。

 気軽に参戦してしまった双玉比翼が『あ、これ、俺達向けの案件じゃなかったわ』と気付き、さらに通りかかった慈雲を巻き込んだのが開始から十周目。『……ちょっと貴陽を呼んでもいいすか』と慈雲が貴陽に助けの式文を出したのが十五周目。その後貴陽が色々と解析したらしいのだが、出た結論は『勝負に勝って正式に終わらせるのが一番安全で一番確実』という無慈悲なものだった。

 以降、ひたすら一向は誰かが『上がり!』のマスにピタリと止まれる瞬間を信じて賽を振り続けているという。慈雲を探してこの場に行き合ってしまった氷柳は、恐らく逃げ出すことができずに巻き込まれたのだろう。

 それでも上がれる者は現れず、現在は三十三周目だ。黄季はこの回から参戦しているのだが、氷柳を探してさまよっていた黄季がこの場に行き合った時、一向はまるで通夜か葬式かといった雰囲気の中、ゲッソリした顔で賽を転がしていた。

 ──本当に、何が起きてるのか、この光景を見た時には意味が分からなかったんだよなぁ……

 泉仙省泉部の猛者達が、揃って死んだ魚のような目をさらしながら賽を振っているのだ。それでも全員が揃って『黄季、関わるな』と言ってくれた辺りに泉部の気質が出ているような気がする。

 ──あ、でも煌先生だけは『慈雲、指弾のマスだけは絶対やめてよね。慈雲の本気の指弾なんて喰らったら、僕の頭は木っ端微塵なんだから』とか『何で僕は慈雲の左隣に座っちゃったんだろう……』とかって呟きながらガタガタ震えてたっけ。

 そんな状況であったにもかかわらず、黄季が今こうして席について賽を振っているのは、この場面に一番強いのが自分であると分かったからだ。現に黄季は何の指示も書き込まれていない空のマスと、『追加で◯枡進め』という自身に有利なマスだけを踏んで、最速で碁石を進めている。

 ──それにしても、最速でコマを進めると必ず最後のマスの一個前に止まる仕様になってるの、意地が悪いよなぁ。一以外を出したら、強制的にやり直しになる仕様ってことじゃん。

 すでに他の面々は、黄季が何らかの手段で自由に賽の目を操っていることに気付いている。延々この盤上遊戯に囚われ、各々が心身ともにズタボロにされてきたのだ。『何のイカサマも使わないまま、どの指示コマにも引っかからず、こんなに最速かつ安全にコマを進められるはずなどない』という確信がそれぞれの目に宿っているのが分かる。

 いつになく圧を覚える視線に強張った笑みを浮かべながらも、黄季の手元は気負うことなく賽を投げた。

 コンッ、コロンッと軽やかな音とともに、賽が転がる。

 結果、賽は一の目を上に向ける位置で止まった。黄季の碁石はフワリと軽やかに最後のマスの上に移動し、ひと呼吸置いた後に盤上の碁石が全て姿を消す。

 その瞬間、一向がガタリと揃って席を立った。

「終わっ、た?」
「う、動ける……!」
「ヨッシャ! 終わったぁぁぁあああっ!!」

 乱寂と双玉が快哉の声を上げる中、緊張から解放された貴陽がへニャリと卓にくずおれる。慈雲はそんな貴陽の頭にポンッと手を載せ、巻き込んでしまった貴陽を労っていた。

「どうやったんだ?」

 そんな中、ひとまず席を立って安全圏に避難した氷柳が黄季に問いを投げた。自身のみならず黄季の腕を引いて卓から引き離し、ただの紙に戻った遊戯盤に険のある視線を注ぎ続ける氷柳の雰囲気は、毛を逆立てて警戒心を露わにする猫に似ている。

「呪力で賽を操れば、遊戯盤の方がそれを感知し、不正扱いをしたはずだ。小細工なしの完全な運勝負で、こんな結果が出せるとは思えない」
「えっと。実は賽の目って、ある程度意図的に操ることができるんですよ」

 イカサマを確信して疑っていない氷柳に、黄季は少し困ったように笑いかけた。

 事実、黄季がしていたことは、イカサマかと問われればギリギリイカサマではない。一応は『技術』と言い張れる範囲の小技だ。

 ──本っ当に、ギリギリだけども。

「ちょっとした指先の力加減と、後は動体視力の問題です。鍛錬を積めば、ある程度は誰にでもできることですよ?」

 ──って緑兄は言ってたし、事実俺も習得できたし……!

 そう、緑亥が教えてくれた『武芸以外の色々』の筆頭がこれだ。『紅の兄貴や青の兄貴に知られたらゲンコじゃすまねぇ』と言っていた事案の筆頭でもある。

 ──『賭事全般の心得とイカサマギリギリの必勝技術を教えてた』なんて知られたら、紅兄青兄どころか萌兄とか双兄達でさえ許さないと思うよ、緑兄……

 上に優秀な兄が二人と、性格がナナメ上にぶっ飛んだ兄を一人持っていた緑亥は、恐らく物心ついた頃から何かと比較されて息苦しい思いをしてきたのだろう。

 黄季が物心ついた頃、緑亥はすでに酒家街に入り浸って悪い仲間とつるむ一端の悪に成長していた。昔から体の発育が良かったこともあり、歳を誤魔化して酒家街に出入りしていたらしい。

 とはいえ緑亥は、そこらのゴロツキのように悪事に手を染めることも、弱者をいたぶるような真似もしていなかった。むしろやっていたことはその真逆で、酒家街をうろつき、自身に絡んでくる半端物どもを片っ端から憂さ晴らしと称して粛清して回っていたらしい。

 鷭家仕込の腕っぷしの強さと、緑亥生来の気風の良さ。さらにそこに加えて緑亥は根っこの部分が兄達以上にお人好しで、懐いた相手や懐に入れた相手には何とも言えない愛嬌を見せる人間だった。

 そんな緑亥に周囲が魅了されないわけがない。最終的には成敗した相手にまで懐かれ、緑亥はいつの間にか舎弟を抱える酒家街の用心棒頭のような地位に納まっていた。

 長兄、次兄とは方向こそ異なれど、緑亥に寄せられる周囲からの信頼は黄季の目で見ても厚かった。紅兎や青燕も、緑亥のことを頼りにしていたと黄季は思っている。

【揉め事ってのはな、別に常に荒事に頼って解決しなきゃなんねぇって話じゃねぇんだわ】

 そんな緑亥は、他の兄達とは違う世界に身を置いていたからこそ、他の兄弟達では教えられないことを黄季に教えてくれた。

【酒場は時に賭場も兼ねる。そこでの揉め事はな、やっぱ賭事で解決するのがいいんだ】

 そう口にしていた緑亥は、ありとあらゆる賭事に精通していた。緑亥当人は『あくまで必要があって学んだ』『嗜む程度』と言っていたが、今にして思えば恐らく相当遊んでいたのだろうと黄季は思う。

 そうでなければ、なぜ賽の目を自由に操る技量を備えていたのか。札や牌のすり替え方、イカサマのやり方、逆にイカサマを仕掛けられた場合のやり返し方など、『嗜む程度』の人間には必要なさそうな技量を得ていたと言うのか。

 ──あくまで俺に教えたのは『そういう場面に巻き込まれた場合のきり抜け方を覚えるため』であって、『博打になんざ手ぇ出すなよ。イカサマなんてもっとダメだ』って厳しく言われてはいたけども。

 それにしたって、可愛い末弟が興味を示したからと言って、丁半の壺に入った賽の目を自由に操る技法まで伝授してしまった緑亥は少々口が軽すぎたのではないだろうか。

 今まさしく緑亥から伝授された技術で危難を乗り切ったとはいえ、それはそれ、これはこれ。

 今後もこの技術は『兄との微笑ましい思い出』として封印しておけますように。

 そんなことを内心で願いながら、黄季はただひたすら曖昧な笑みを広げることで氷柳からの追求の視線を誤魔化すのだった。

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・単行本詳細
https://release.comicride.jp/comics/book/2041

・コミカライズ公式HP
https://www.ivy.comicride.jp/detail/hiyoku/

・角川ビーンズ文庫特設ページ(第1話の冒頭が試し読みできます)
https://beans.kadokawa.co.jp/blog/infomation/entry-5854.html

・ライコミ様作品ページ(現在は第4話②まで無料!)
https://comicride.jp/series/de1f0152b002d

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