ファナティスト
λμ
あこがれのステージ
デビューライブ前日、
何組ものアイドルが、何人ものアーティストたちが踏み、巣立っていった舞台だ。
すべての原点となってきたステージである。
――明日、私はあそこに立つんだ。
内心に呟くと、暗闇の底で膝を抱えて過ごした日々が、真智の脳裏を走馬灯のように
学校に行けなくなったのはいつからだっただろうか。
理由はなんだったのだろう。
うまく思い出せない。
デビューに至るまで三年に及んだ血の滲むような日々に比べれば、覚えておくだけの価値もない記憶なのかもしれない。
――いや、きっとそうだ。
明日、私はあこがれのステージになるのだから。
我知らず身を震わせる真智の瞳は爛々と輝いていた。
真智がステージに興味を抱いたのは三年前だ。自室に籠り昼夜の区別もなくなったころ、身を守るように布団をかぶりスマートフォンを見ていたときだった。
そう年の変わらない少女たちが、煌びやかなステージの上で、負けんばかりに輝いていた。まるでこちらに語り掛けるように、こちらに来いと手を伸ばしているようにも思えた。
――できるはずがない。自分にそんな
そう自覚していたからこそ、真智は貪るようにステージ映像を見た。ジャンルは問わない。アイドルでも、ミュージシャンでも、演劇でも良う。機械仕掛けの板切れの向こうに豪華絢爛なステージがあった。
無限に輝きを欲するうちに、この光の源はどこにあるのだろう、と真智は思った。
彼ら彼女らの原点はどこなのだろう、と。
目も眩むようなスタジアムの中心、神殿のように荘厳なホール、日本の大きな玉ねぎの下。世界各地に点在する大舞台は輝きの到達点だ。道の途中では様々なステージを踏んできたはずだった。
ほどなくして、真智の興味は原点に向かった。巡り、辿り、見つけたのは小さな劇場の古ぼけた舞台だった。何百何千何万という夢が集い、立って、ときに
――ここが、原点……。
汗と、涙と、ときには血すら染みただろう原点のステージを見たとき、真智の躰の芯を稲妻が駆け抜けた。無謀という単語が消えた瞬間だった。
真智はいくつものオーディションや募集に目を通し、あこがれのステージに立てる環境を探した。地理に事務所体力にデビュー実績、あらゆる情報を仕入れながら錆び切っていた自らを磨いた。
真智の両親は彼女の急激な変化に戸惑いながらも喜び、応援した。
アイドルなんて簡単になれるものじゃないと何度いわれたことだろう。
関係なかった。勘違いを正す気もなかった。
一年目はすべての募集に書類で落ちた。
二年目はいくつかの予選を勝ち抜き、顔を覚えてもらった。
事務所に誘われたこともあったが、あこがれのステージと縁遠そうだからと断ってきた
そして三年目、年齢的にもアイドルなら最後のチャンスと思っていたとき、絶好の機会が訪れた。デビュー会場まで指定するオデーィションがあったのだ。
真智は持てるすべてを注ぎ込み、勝ち取った。
しかも喜ぶべき誤算としてセンターに選ばれた。
あこがれのステージの中央に立てるのだ。
「私は原点になります。すべての輝きの原点になってみせます」
決然と――少なくとも真智はたしかな決意をもって宣言したとき、両親は涙を流し、選考委員は面白いと笑い、何人かは大物だと冷笑を浮かべた。
すべてどうでもよかった。
あこがれのステージになるという計画が、最終段階に入ったのだから。
真智はレッスンに全力を投じ、キャラを作り始めた。気難しいが何事にも全力でメンバーを引っ張っていくという、真智本来の気質と矛盾するキャラクターだ。
ある人は鬼気迫ると評し、メンバーの嫉妬すら飲み込み信頼を得る裏で着々と計画を進め、ようやくそのときが来たのだった。
「――真智? 真智ってば! 聞いてる!? ねえ、リーダー!」
肩を揺すぶられて真智は我に返った。
デビュー直前、メンバーもスタッフも殺気立っていた。
「もう出番だよ!? 緊張するのは分かるけど――」
「ごめん。大丈夫」
真智はメンバーの言葉を遮り言った。
「集中してただけ」
言って、真智は姿見に全身を映した。華やかで愛らしい薄青の衣装が輝いている。皆が似合うと言ったが信じがたい。趣味でもない。
しかし、原点として申し分なかった。
「みんな後ろ向いてて」
メンバーとスタッフが呆れ交じりに笑顔を見せ、揃って背を向ける。すべて計画通りだ。真智は最後のパーツとなる自ら手を加えたチョーカーを首に巻いた。
その一連の仕草は、オーディション合格から今日に至るまで幾度となく繰り返し、彼女なりの儀式だと思い込ませた動きだった。
――すべてはあこがれのステージになるために。
真智はチョーカーの内側が見えないかチェックしたのち、腰のベルト部分に潜ませたリップクリームに似た小道具が固定されていることを確かめた。
「さあー……やってやりましょー!」
真智が声を張ると、メンバーが続いた。
いよいよあこがれのステージに。
原点になるときがきた。
会場は満員。二百人ほどだろうか。どうでもよかった。もっと少なくても良かった。その方が伝説になりやすかったはずだから。
暗転。デビュー曲が流れだし、真智はあらん限りの力を籠めて歌声を飛ばした。
客が雄叫ぶのが聞こえた。どうでもよかった。メンバーが音を外した。どうでもよかった。どれだけ訓練を積んでも才覚の足りない真智の躰が
――もう少し、もう少しだけ、耐えて!
そう内心に叫び、真智は懸命に踊り、歌い続けた。
やがて曲が終わりに近づくなか、真智は振付にないターンを入れつつ、ベルトに挟んでいた小道具を抜き取り握りこんだ。
それはスイッチだった。
リップクリームより小さいくらいの、起爆スイッチ。
あこがれのステージになるためのスイッチだった。
真智は最後のポーズを決めスイッチを押した。
曲の終わりを告げるクラッカーに似た音に紛れ、真智のチョーカーが爆発した。その衝撃と、破けた頸動脈から
歌い、踊り、ただでさえ酸素が足りなくなっていた脳が血流すら失った。立っていることな不可能だった。床につこうと手を伸ばしたはずが一ミリも動いていなかった。鈍い衝撃を感じながら、真智はステージの中央で仰向けに倒れた。悲鳴とも歓声ともつかぬ声が一瞬だけ聞こえ、すぐ真智の耳に届かなくなった。
――やった。
――やりとげた!
真智は動かぬ口で叫んだ。
この日のために、首に傷があるからとか、何か巻いていた方が喉の筋肉の動きが分かって歌いやすいとか、ありとあらゆる理由をつけてチョーカーを衣装に取り入れてもらったのだった。
すべては今日、デビューライブの終わりに、あこがれのステージになるために。
レッスンの合間に外国から爆竹を購入し、何度も実験を重ね、他の誰も傷つけず自身の頸動脈を吹き飛ばすのに足る火薬を仕込んだ。前日には無理を言ってまで会場に残り、全ての小道具を楽屋のトイレに隠した。
人体からもっとも効率よく血を吹き出すために首を選び、願ってもないセンターという好位置で計画を遂行することができたのだ。
「――――!? ――!」
メンバーのひとりが駆け寄り、顔を返り血に染めて真智の首を押さえた。
余計なことをするなと思うと同時に、やっぱりこの子たちは凄いと思った。
――私には才覚がない。続けられない。
煌びやかで絢爛な輝きの頂点に至れるほどの能力はない。身の程は知っている。ステージに立てるだけで僥倖だと、真智は信じていた。
――でも、これで私は、誰もが憧れるステージになれる。
真智は瞼を落とした。首から体温が抜け、躰の芯に詰まっていた情熱が原点のステージに広がり、浸み込んでいく。
「いずれ何百何千何万という輝きが、私という原点から巣立っていくんだ」
そう言った。言ったつもりだった。喉が壊れて音は出なかった。
すべての原点には伝説が残る。
今日ここに、真智は誰もがあこがれるステージになった。
最後の息をつく間際、真智はそう信じ込んでいた。
ファナティスト λμ @ramdomyu
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