憧れのキモチ

惟風

どちらかがサメ

 卒業も近づいてきた三月の放課後、日頃懐いてくれている後輩に勇気を出して告白したら、あっさりと振られた。


「確かに俺、先輩にめちゃくちゃ憧れてます。水泳部は先輩のお陰で今年のインターハイも優勝でしたもんね。その上、喧嘩も強くてさらに頭も良いとことかマジでカッコいいっす。K大合格おめでとうございます」


「ありがとう、そうだよ! 自分で言うのも何だけど顔だって悪くないと思うの、月イチくらいでスカウトとかされてるし、こないだなんか『悪魔祓いの映画に出てみない?』て誘われたんだから! 何がダメなの、ノリだって合うじゃん」


「だって……サメ、ですし」


「そんな……」


 そう。

 面食い・シャーク。

 それは、容姿の良い人間に憧れ、成り代わりたいとこいねがうサメだ。


「あと……正直、先輩の俺に対する気持ちって『種族の違いを越えた愛』への憧れでしかないんじゃないかなって。俺じゃなくても、良いんじゃないすか」


 違う、そんなことない。私は他の誰でもなく彼のことが好きだ。ただの先輩後輩じゃなくて、彼を私だけのものにしたかった。いつだって全力でぶつかってきてくれて、笑うと白い歯が陽の光でキラリと光る爽やかな彼が、素敵だと思う。

 でも、これまでの付き合いの中で私の想いが伝わってない時点で、今更それに言葉を尽くして何になるというのか。


「……ここで変に粘っても逆に嫌われるだけな気がするから、諦めるよ。ただ、私の想いに嘘はないことだけは信じてほしい。君のことが、心から好きだった」


「先輩……」


 バツの悪そうな顔をして俯く彼に背を向けて、私は走り出した。角を曲がる直前、張り上げた彼の声が私の足を止めた。


「待って先輩!」


「……何?」


 涙でぐちゃぐちゃになった顔、見られたくなかった。でも、それ以上に、少しでも彼と一緒にいたくて私は振り返った。彼は、思ってた以上に私のすぐ近くまで追いついてきていた。


「ごめんなさい、俺、内心すごく嬉しかったのに素直になれなくて……。本当はずっと先輩のこと……」


「!」


 暖かい夕陽が、二人の影を校舎の壁に照らし出す。長く伸びたその影が一つに重なるその瞬間まで、くっきりと。



 ――そうして、一匹のサメは一人の人間の顔を齧り取った。


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憧れのキモチ 惟風 @ifuw

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