抜け駆けNG
御剣ひかる
気持ちは変えられない
住宅街にひっそりと隠れるようにある紅茶専門店「
商品棚を整頓していた店員の
「えぇっと、なんだっけ、忘れてな草の紅茶はありますか?」
高校生かと思える茶髪女性が息せき切りながら「合言葉」を口にした。
「それを言うなら勿忘草ですね」
いったい誰に何を忘れさせたいのか、とちょっと興味が湧くのを覚えながら彰吾も合言葉の返しをする。
「あー、今の失敗、忘れてな」
女子高生(仮定)は、焦った様子に恥ずかしさを混ぜた複雑な顔で最後の合言葉を返してきた。
「はい、了解です」
応えたのは、奥から出てきた店長、
百七十センチ半ばのすらりとした二十代後半のフツメン、というのが彰吾の店長に対する外見的評価だ。
「では誰に何を忘れていただきたいのか、奥で伺いますね」
楽人が女子高生(仮定)を売り場からさらに奥にあるスタッフルーム兼倉庫にいざなった。
「さて、お話を伺いましょう」
「あいつの、先輩への気持ちをきれいさっぱり忘れさせてほしいのっ」
楽人の問いかけに食い気味に女の子が答えた。
どうやら彼女があこがれる先輩に、友人が好意を伝えようとしているらしい。
このままでは憧れの先輩が彼女とくっついてしまう。
それはダメだ。先輩は誰のものになってはいけない。
先輩にあこがれる女子同盟の決まりを破ろうとするなんて許せない。
彼女にみなで詰め寄ったが決心は硬い。たとえ他のみんなを敵に回しても先輩に告ると息巻いている。
彼女を説得できないかとネットをあれこれさまよっているうちにここの紅茶店のウワサを見つけた。
「だから、お願いします」
「それはできませんね」
「えっ」
楽人が即答したので女子高生は甲高い声を上げた。
「どうしてっ」
「まず、ここの紅茶で忘れてもらうことができるのは過去に起こった事実のみです」
「だったら先輩のことを全部忘れさせて――」
「それは可能ですが、すぐに思い出すでしょう」
たとえ今、先輩のことを全て忘れてしまっても、先輩に関することを見聞きしたり、本人に会えば思い出すだろう、と楽人は説明する。
「使えないっ! なによ、ダッサい合言葉まで言わせといてっ」
こだわりの合言葉をばっさりやられて楽人は苦笑する。
「まぁまぁ。落ち着いて。お役に立てないお詫びに、とっておきの紅茶をサービスさせてください」
残念ながらあなたと同じようにお役に立つことができなかったお客様にはごちそうしているのです、と楽人が言いながらお茶の支度をはじめる。
室内に広がる紅茶の温かで優しい香りに、女子高生は幾分か機嫌を直す。
「さぁ、どうぞ」
ティーカップには透明度の高い紅茶が軽く波打っている。
砂糖とミルクをたっぷりと注ぎ入れてかき混ぜ、女子高生はぐっと半分ほど呑み込んだ。
楽人の営業スマイルにまた苦いものがまじる。
結構いいお茶なんだよ、もうちょっと味わって飲んでほしいな、とは言えない。
「おいしい……」
ほぅっと息をついた女の子に楽人はよかったとうなずいた。
「もっとゆっくり飲めばよかった、って、あれ……? わたし、どうしてここでお茶してんの?」
「偶然紅茶の店を見つけて寄ってみたとおっしゃってましたよ。試飲してみたいとのことでしたので淹れました」
楽人が満足そうにうなずいていうのに、そうだっけ、と女の子は頭の上にはてなマークを浮かべているかのような顔で首を傾げた。
「まぁいいや、これ、ください」
「ありがとうございます」
今一つ納得していない様子の女子高生と微苦笑を浮かべている店長に、彰吾は客の願いはかなえられないものだったのだなと察した。
彼女が紅茶を購入して退店すると、楽人が彰吾に依頼と顛末を話してくれた。
「店のことを忘れる魔法をかけたのですか?」
「うん。なんだか諦め悪そうな感じがしたし」
「手出しNGの憧れの先輩かぁ。抜け駆けは駄目ってことですよね」
「抜け駆けがダメっていうのは、大物賞金首を相手にする時にはあったみたいだけれどね。というか大物になると一人で挑むより複数で取り掛かる方が討伐成功しやすいんだって」
「あ、店長のいた世界の話ですねっ。詳しく聞かせてくださいよ」
「うん、僕のあこがれの冒険者がね……」
この時間帯は客がほぼ来ない。今日も店長の異世界話に耳を傾ける彰吾であった。
(了)
抜け駆けNG 御剣ひかる @miturugihikaru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます