巡る菱餅の行方

風波野ナオ

巡る菱餅の行方

「アヤノちゃん、どうしたの?」

「わたし、これがたべたいの」


4歳の娘は雛飾りの菱餅を指さした。


毎年近くの集落で玄関先にお雛様を飾る行事が行われる。我が家は狭くて雛飾りを置けないため、巡るのを楽しみにしている。


ともかく困った。娘はもう泣きそうだ。菱餅はどこで売られているのだろう。スマホで調べると、近くにスーパーがある。ダメ元で行ってみよう。



    ◇



わたくし、スーパー中丸勝川支店の食品担当、笠岡葵はユウウツでした。眼の前には菱餅の山。本部が毎年送りつけるのです。


この辺りではそれを食べる風習がなく、全く売れません。餅ではなく和菓子にしてと店長に言ったのですが……また捨て値で買って消費する日々になりそうです。


どこからか小さな女の子が走って来ました。


「おとーさーん、ひしもちあったよー」


背伸びして菱餅を取ろうとしましたが、届きません。山が高すぎます。


「はい、どうぞ」


一つ渡してあげました。雛めぐりに来たのでしょう。見かけない父娘でした。

折角だからどこから来たのか聞いておけば良かった。そこへ餅を送り込めたのに。


    ◇


「どうしたの、そんなに泣いて」


玄関先に飾られた雛飾りの前で、小さな女の子が泣いておりました。そのお父さんは困り果てているご様子。


「すいません、菱餅が食べられなくて」


手に握られた菱餅には歯の跡がありました。幼子には分厚かったのでしょう。


「よろしければ、このおばあさんに任せてもらえませんか?」


預かった菱餅を色で3枚におろし、更に子どもが食べやすい大きさに切り分けます。数秒レンチンして焼くと、外はパリッと中は柔らかくなります。


「わぁー、トランプみたい」


紙皿に敷き詰めたカラフルな餅を見て喜んでくれました。そして3粒食べて、


「ごちそうさま。あとはおばあさんにあげる」


    ◇


わたくし笠岡葵が家に帰ると、先程売った菱餅を義母が食べていました。だいたい察しは付きます。


「あの子、可愛かったですね」

「そうだねえ。孫の小さい頃を思い出すねぇ」


またあんな子が来ないでしょうか。


    ◇


車の後部座席からアヤノの声がする。ご機嫌だった。


「おともだちのりょーこちゃんがあしたみにいくから、ひしもちのおばあさんをおしえてあげるんだ」

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巡る菱餅の行方 風波野ナオ @nao-kazahano

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