第21話
「だめですそれは。酷いことです……それはとても酷いことです。奏はどうして捕まらなかったのでしょう」
「疑いを他に向けようと巧妙に画策していた。脳の解析でそういう反応が出た。目をつけていた刑事もいたかもしれない。だが証拠が見つかる前に、爆発が起きて奏は死んだ。この手記を見つけた時、私はぞっとしたよ。奏が死んでくれてよかったと心底思った。死んだままにしておこうと思った。皮肉な話だよ。人のためにと夢中になって人型のアンドロイドを作ったのに、私は人を……娘一人さえ、まるで見ていなかったんだ」
「母を殺したことも、お父さんは知らなかったのですね」
父は頷き、自虐的に笑った。私は疑問を口にした。
「母を殺し、子供を殺した娘を、あなたはなぜ蘇らせたのですか」
「私のエゴだ……。科学の発展により、全く進化しなかった分野がある。なにかわかるかい」
少し考えてみたがわからなかった。父は言った。
「精神医療だよ。科学は時に人々の精神を無視した。脳を解析し、データ化や数値化することには成功した。けれどそれだけで人の精神がはかれるかといったら、そうじゃない。普通のサイコパスは脳が普通の人と違う反応を示す。けれど、奏は普通の人と全く同じだった。そして奏みたいな精神病質を治す方法も、見つかっていない……。サイコパスという特殊な例だけじゃない。爆発で精神的な後遺症を抱えている人たちにも、ただ数値に合わせた薬を投与しているだけ。死んだような目をしている人々から輝きを取り戻す精神療法を誰も知らないことも、また事実なんだ」
「なら、奏の志は間違ってはいないということですか」
「志だけはね。しかし手段が完全に間違っている。だから奏に正常な思考を持たせたかった。それはアンドロイドでしかできないことだった。私は君に記憶の改ざんを施した。記憶と感情、思考を操作する場所にいくつか穴を作っているんだ」
ああ、時々深い闇が見えていたのはそのためか。父は続けた。
「その穴を君がこれから埋めていってほしい。この手記を読んで君が酷いと思えたのなら私の目的は成功している。奏の罪は消えない。その代償としてせめて人に尽くしてほしい。たかだか16歳で奏は戦争を引き起こそうと考えた。今から思えば、将来、本当にやってしまいかねない魅力と恐ろしさが秘められていたように思う。本当に今だからそう感じる。奏にもしそれだけの器があったのなら、君にも隠された器があるかもしれない。どうか正しいと思うほうへ使ってほしい」
「では、私は奏とは別人格のアンドロイドとして歩いていっていいのですね」
「そうじゃなきゃだめだ。鳴らない警告音が君への警告だと思ってほしい」
「わかりました。けれど警告音は逆にして下さい。頭の中がうるさくてかないません」
「分かった……君が奏の最も危ない思考に近づいた時にエラーが鳴るように改良しよう」
父はそう言って、手記を燃やした。
「地上に仮設風呂の回数を増やしてほしいという意見がありました」
「そうか。その筋の関係者にかけあってみる。1型にも伝えておくよ」
父は2杯目のコーヒーを淹れた。私は自分の存在理由を理解していた。
美砂とは決裂したまま別れの時を迎えるのだろう。仲直りすることは決してできないほどの打撃を、奏は生前美砂に与えたのだ。鉄パイプで殴られても仕方がないことだった。
私は部屋に向かい、一人で地上に思いを馳せた。
あの地上の世界こそが、奏が地下で見たかった世界だったのかもしれない。
私は鏡の前で微笑みを作った。明日はポッチの様子を見に行こう。
実は父も気づいていない奏との違いがひとつだけある。これは自然に私の中から私だけの感情として生まれたものだ。それは1型と3型という心強い味方がいること。
何度か支えられ助けられ学ばされた。同類だから感じられることで、彼らがいる限り私は本物と同じ轍は踏まないだろうと思った。
生きられなかった奏はZ。新たに作られた私はA。
父のつけた名称が、終わりの始まりを意味していたということに今気づいた。
(了)
ブラックワールド 明(めい) @uminosora
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