第20話

手記はそこで終わっていた。嫌悪、というものを感じていた。


「子供を生きたまま埋めたのは、土の中の生物が寄ってきて寂しくないから。みんなを笑わせるために戦争が必要。この考えかたは理解できません。警告音は鳴りませんが、私の体が嫌だと拒絶しています」


「それが普通なんだ。私は君に、そうプログラムした」 


父はコーヒーの入ったカップを片手に、悲しそうに笑った。


はっとした。父のいつもの表情は、娘を失った悲しみの表情ではなく、奏のしたことに対する悲しみだったのだと理解できた。


「奏はサイコパス……いや、サイコキラーだったんだ。人を殺してなにも感じないどころか喜んでいる。いけないことだと説き聞かせても、奏のようなタイプはまったく理解できないのだろう。我々が奏をまったく理解できないようにね」


「美砂が私に攻撃をしてきたのは、弟を殺したことを知っていたからでしょうか」


「いや。知らないはずだ。奏の脳を解析した結果、奏が最後に見たのはね、爆発で気を失いかけていた葛本君の姿だった。運よく鉄の塊が屋根のように彼女を覆っていたんだ。奏は言った。『美砂、あなたが死んでくれたら私はとても嬉しい。ここで今すぐ鼻と口を塞いであげるね。友達が瀕死の友達を殺すって、とても素敵なことじゃない?』。葛本君はそれを聞いていて、多分覚えていたのだろう。口と鼻を塞ぐ前に、奏は死んだ」


私の記憶にそのようなことをした覚えはなかった。奏の最後は特別展望台で光ったものを見て、直後に倒れる。そのはずだ。


「そんな記憶はなにもありません。子供を殺した記憶も、母を殺した記憶もまったくないです。では、奏は爆発後すぐに死んだのではないのですね?」


父はゆっくりと頷いた。


「カナデは最初、犬に感情を持たなかったと言ったね。あれは奏の反応だ。サイコキラーの特徴として多く見られるのは、第一に動物を殺すこと。次に子供に興味を示すこと。これはもう、何百年も前から変わらない」


「でもポッチを見てかわいそうだと思った時、エラーが鳴りませんでした。幸助が死んで涙を流した時もエラーは鳴りませんでした」


「奏が今仮に生きていたら、同じ反応をしたんだろう。幸助が死んで泣き、3型に処理を頼む。そこまでは一緒なんだ。問題はそこからだよ。この手記を読んだらもう推測できるね。奏はどういう行動に移すと思う?」


予測を立ててみた。奏はポッチを私の理解が及ばない動機で殺しただろう。死んだ幸助を見て泣くのは、本当に奏の中から出てくる感情なのだ。


そうして、奏は幸助のためにできることを考える。ユウキを掘り起こそうとしたくらいだ。もしかしたら、集積場から死体を持って帰り、天から見ている幸助が喜ぶだろうというような気持ちで、死体に手を加えるかもしれない。


私は手記をもとに、奏が今地上で苦しんでいる人々をどう助けるかを考えた。頭の中は無音だ。


地上にいる人々を全員助けるという考えは、奏にとって全ての人を殺すことになるのだ。


殺人をすることで、人を助ける。助けられると思っていた。それが奏の考えだった。

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