着物について【ネタバレあり】
登場人物がどういう着物を着ているのか決めるのは、もっとも時間がかかる作業のひとつです。
というのも決めるのに登場人物の経済状況、立場、趣味や性格、TPO、当時の流行を踏まえなければいけないからです。正直本編で書いたことも、ここに書いていることもすべて正解とは言い切れないくらい複雑です。
すっ飛ばせれば楽なのですが、着物の資料を漁るのは割と好きなのと、現代同様「どういう服を着ているか」で登場人物の印象が決まるので、テンポを崩さない限りはすっ飛ばさない方向でいます。
さて、当時の着物ではどんな布地を着ているかは現代よりも重要視されていました。
たとえばセル(薄地の毛織物)ですが、これは袷と単衣の季節の境目、5~6月と10月ごろに着られていたので、セルを着ることは季節の変わり目を意味しています。
本編でセルを着ていると描写されているのは後半、新聞会社の前で栄衣に捕まえられた操と、操に同行して新聞記者のふりをしている栄衣です。このときは6月なので、セルにしています。
色と模様ですが、操の縞に使われている橙色は作中の年の前年、大正13年の流行色です。一方鳩羽色にローズの絣という栄衣のセルは当時の流行の最先端であり、薄給の婦人記者が着るには不自然なはずなのですが、裕福な栄衣はそれに気付かないでいます。操はその着物で「婦人記者に見えるだろう」と言い張る栄衣を見て、世間知らずだなと思っていたでしょうね。
初登場時の礼以は
ですが、錦紗は普段着とはいえず、丹邨家ほどの富裕な家庭でも礼以の年齢(実年齢ではなく、苑子から見た年齢なので20歳前後ですが)からいえば、家にいる場面であれば銘仙を着ているのが妥当かと思われます。
吉屋信子の小説「
「富裕層とはいえ家に引きこもっている娘が、高級な絹織物を普段着にしている」という違和感を出してはいるのですが、これは気付かれなくてもよいフレーバー程度のものです。礼以は家の中にずっといる身でも遠慮なく高価な錦紗を着られるくらい、丹邨家の中で権力を持っていたということです。
礼以の好む色は鱗の色と同じ青なので、いずれの場面でも青みのある着物を着ていますが、最初に登場した場面では「白地に青紫のぼかし、藤、蓮華草、蝶を散らした錦紗」と白地だったのに対し、工場の場面では「濃紺の振袖に金糸の光る丸帯」と青系の中でも濃い色の地を着ており、物語が進む(礼以の本性が明らかになる)につれ、青みが深まっていくようにしています。
工場に来る礼以の服装はわりと異様です。着物は振袖ですが、当時は袖が長かったので、ほぼ袖が足元まで来る長さだと思っていいです。そして金糸を使った丸帯ですが、丸帯はもっとも格式の高い帯で、現代では婚礼衣装に使われます。これほどの盛装をしてきたのは礼以の趣味といいますか、「白潟がどん底まで絶望した瞬間に、自分は最高に着飾った姿でいたい」という気持ちからです。対白潟用最上位おしゃれ着です。恐らく礼以は白潟がいつか工場にたどり着くのを見越して、そのときのためにあつらえていたのでしょう。
『骨を喰む真珠』うらばなし 北沢陶 @gwynt2311
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