2029

 一月二十日、波乱を呼んだ米大統領は退任したが、任期中にノーベル平和賞は受賞できなかった。

 退任時の米大統領は、『私ほど世界平和に貢献した大統領はいない』と憤慨するも、


 新米大統領は就任時、『私の仕事は、前大統領によって失われたアメリカの信用を取り戻すこと、そして国民の暮らしを改善することです』と宣言した。

 アメリカはいまだ、前米大統領支持者による小規模な内戦下にあった。

 新米大統領は、すぐに前米大統領支持者を警察および州兵によって、鎮圧した。

 大量の死亡者を出したが、それに同情する者は少なかった。

 アメリカの株価や国債の価格は、新大統領の方針や対策を受けて、やや持ち直した。


 新米大統領は就任即日に、関税を前大統領就任前まで戻すことを、各国へ謝罪と共に通達。アメリカに対抗関税をかけている国へと、元の税率へ戻すように打診した。


 F‐35の問題も、新米大統領は『以前と同じ条件で購入をお願いしたい』と打診したが、導入各国の返答はあまりかんばしいものではなかった。


 一度、失われたアメリカの信用回復は簡単な道ではなかった。

 今はよくても、再び前米大統領のような人物が、大統領に当選する可能性がある。一度あったことは二度ある、からだ。

 その結果が特に顕著けんちょであったのは、前米大統領が就任する前は、高価ではあるが、よく売れていたアメリカ製兵器だった。

 今のアメリカ製兵器は、高い上にアメリカ政府の意向で値段を吊り上げたり、使用を制限されたり、そもそも納入がされなかったり、買ったあとでも、交換部品が届かないなど、一度でもそんなことをしてしまえば、いくら高性能だとしても売れるものではない。

 簡潔に言えば、アメリカに振り回され、肝心なときにまるで役に立たない兵器など、誰もが買う気がなかったのである。

 しかもアメリカ製兵器を買うことで、強大なアメリカ軍を味方にできると考えていた国々にとって、前米大統領がそれを否定してしまったことで、まるで旨味うまみのない兵器となってしまったのである。


 代わりに売れるようになったのは、アメリカ製部品を使っていない欧州製兵器だった。

 欧州製兵器は、過去にアメリカ製部品が含まれているせいで、輸出ができないことがあった。

 代表的な例としては、アメリカ製シーカーが搭載されているせいで、インドにイギリス製ASRAAM空対空ミサイルが販売できなかったことがある。

 そのためアメリカ製部品を使わないことが、以前から試みられていたが、こと、前米大統領の傲慢な態度によって、欧州製兵器からの米国製部品の排除が優先課題となった。

 欧州各国は自国軍需産業へと投資、前米大統領が就任していた四年の間に、それは一定の成果を上げていた。

 それだけでなく、アメリカ製が独占していた兵器を代替する製品の開発がおこなわれた。


 だが欧州製兵器も、国際共同開発の場合、例えば開発国の一国でも反対があれば輸出できないということもある。

 一例を上げれば、サウジアラビアへ英独伊西共同開発のタイフーンが輸出されたとき、ドイツが問題視し、輸出が一時中断された。

 理由は、王室に批判的なサウジアラビア人記者が、トルコのサウジアラビア大使館で殺害されたことを問題視したからである。

 そのため、欧州各国でも国際共同開発兵器を輸出する場合、判断を一元化できる仕組みを作ることが必須となった。


 アメリカで大統領が交代した矢先、ロシアがウクライナへの侵攻を再開する。

 ロシア大統領は『ウクライナの重大な停戦決議違反が露見した。今度こそ、反ロシア的なナチ国家を制裁する』と発言。

 しかし、ウクライナの重大な停戦決議違反とはなんであるか、それは明確にしなかった。

 前侵略時に、米軍やNATOが出てこないことが明確になったことで、ベラルーシやイランもウクライナへ宣戦布告をおこなった。

 前米大統領は『現大統領が、ロシア大統領の信頼を損ねたからだ』と嘲笑ちょうしょうした。

 結果、前米大統領のしたことは、侵略者に再侵攻の猶予期間を与えただけとなった。


 ウクライナへの支援は、欧州や日本が中心となって再開された。アメリカも莫大な支援を約束したが、その継続性に信頼がなかった。


 ウクライナは、前回の侵攻を受けて人材が枯渇し、しかも今度は、事前にアメリカからの武器支援がなかったせいで、ひどく弱体化していた。

 だが、そこで米軍の派遣が決定される。

 前大統領によって弱体化していた米軍であったが、新しい米大統領は信頼回復のため、米軍をウクライナへと派遣した。

 アメリカ国内では、ウクライナ支援に肯定的ではない人々も半分近く存在した。

 これに米大統領は、『前政権が、ウクライナから過大に搾取したレアアースの代金を、今すぐ返還しなければならない』として、米軍の派遣を断行した。

 予想外の展開となったウクライナの戦場で、ベラルーシとイランが撤退を開始、ロシアは使える戦力の全てを投入するが、遅れてきたとはいえ米軍の戦力は凄まじく、三か月もしないまでに、ロシア軍はウクライナの地で壊滅した。


 アメリカの地に落ちた信頼は、全面的に回復したわけではなかった。

 かといってアメリカ軍が、この四年の間で準備が整え、以前よりも経験を積んで、歴代最強となったロシア軍を、短期間で蹴散らしたことに世界各国から一定の信頼を取り戻した。[終]

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中国軍、台湾侵攻 ベアキャット @bearcat8

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