特殊事件調査ファイル Case1『ひなまつり』
サトウ・レン
Aさん(27歳)女性の場合
なんか緊張しますね。こういう場所でふたりっきりで対面して話すなんて、彼氏以外だったら、バイトの面接以来かもしれません。
ウチの話をいきなり聞きたい、っていうからびっくりしました。あっ、ウチって嫌ですか。たまに言われるんです。それなりのおとなが『ウチ』なんて使うな、って。でも慣れ親しんだ一人称なんて、なかなか直せないですよ。そりゃ仕事なら我慢しますけど、いまは仕事でもないから……。もしも先生が、嫌だ、っていうなら気を付けますけど、どうしますか。ありがとうございます。先生は優しい雰囲気があって、安心します。何年か前にウチ、事故で彼氏を亡くしちゃったんですけど、先生にちょっと似てるんですよ。すみません。こんな話をされても困りますよね。
じゃあ、話を続けますね。
ウチの生まれはもう知ってますよね。一応、ウチの口から聞きたい? 分かりました。ウチが生まれたのは、福井県葉桜町です。山間にある比較的ちいさな町です。田舎は田舎ですけど、そこまでド田舎ってわけじゃないですよ。そうですね。田舎の中では中の下ってところかもしれません。都会と比べれば、どんぐりの背比べなのかもしれませんが。このちょっとの差が大事だったりするんです。
ウチの住んでいた町がまだ市町村合併をする前、村だった頃に、ウチの村には、『ひなまつり』と呼ばれる風習がありました。あっ、先生、笑いましたね。そんなの日本全国にある風習じゃないか、って。もちろんそんなのウチだって知っていますよ。女の子の幸せを願って、雛人形を飾ったりする行事。でもウチの住んでいた町に古くから伝わる『ひなまつり』は、そういうんじゃないんです。もっとなんというか、不穏というか。
雛。つまり幼い子を、神様に捧げるんです。
首を斬り落として、その生首を、村の神に捧げる。
そうしなければ、村に災厄が訪れる。
いまでも続いているのか、って? 先生、悪しき因習が現在も残る村、っていうのは、ちょっとフィクションに影響されすぎているんじゃないですかね。そんなの残っているわけないじゃないですか。
でも、ね。ウチのおじいちゃんが一応、戦前の生まれなんですけどね。ウチのおじいちゃんが幼い頃、同級生が斬首されるところを見た、と言っていましたよ。おとなたちがひとりの幼い子どもを囲んで、そのうちのひとりが手にした刀で、その首を、と。ただウチが聞いた時には、おじいちゃん結構ボケが来ている感じだったから、本当にあったかどうかなんて分からないんですけど。でもウチは本当にあったんじゃないかなぁ、って思ってます。不謹慎かもしれないですけどね、そのほうがなんだか面白いじゃないですか。どうせ昔のことなんですし、江戸時代の怪談と同じくらいの感覚で受け取ればいいかな、って。
って、ここは先生の聞きたい話の本題じゃなかったですね。でもあれと密接に関わっているから、話さないわけにはいかなかったんです。でも先生は、ウチたちの村の『ひなまつり』のことなんて、すでに知っていると思っていました。いや分かっているのか。分かっていても、敢えて知らない振りしているだけかもしれませんね。もしそうだったら、先生は詐欺師の才能もありますよ。先生、本当に知らなさそうだから。
っと、本題ですね。
あの事件のことですよね。あの事件が起こった時、ウチは中学二年生でした。十四歳です。あまりにも遠い昔のことすぎて、涙が出てきます。あの頃が懐かしいなぁ。もう戻りたくはないけど。
あの頃、なんだかウチは陰惨な事件なんて、どこか遠い都会で起こる出来事だと思っていたので、最初は、全然現実感がなかったんです。いや最後まで現実感なんてなかったのかもしれませんが。
最初に殺されたのは、
斬り落とされた首が、彼の家の前に置いてあった、って。最初に発見したのは春輝くんのお母さんで、あまりのショックで、その場で倒れた、って聞きました。まぁでもそうなりますよね。大切な息子のそんな姿を見たら。
怖いですよね。
ウチもそうですが、ウチよりも妹のほうが怖がっていました。妹は高学年で近い学年ではなかったけど、小学生でしたし、同じ学校の子が殺された、って知ったら、自分も狙われるかも、って思いますよね。当然です。でもこういう時、みんな考えることは同じなんです。怖いけど、まぁ、自分は大丈夫だろう、って。
なんだか暑くなってきましたね。
クーラーを付けるか、って? いやそこまでじゃないですよ。夏でもないんですから。
そう言えば、あの時も、夏よりもすこし前、春にしては結構、暑い時期でしたね。
結局、五人の子どもが殺されました。
なんだか他人事のように語っている、って? そんなつもりはないんですが、まぁでも、他人事にできるくらい時間が経った、ということでしょうか。ウチにとっても、この事件は過去のものになってしまった、ということです。
たった一週間で、五人の幼い命が奪われました。
全員、首を斬り落とされて。
春輝くん、
子どもたちはこういう時、オブラートに包まないですから、みんな、『ひなまつり事件』だ、って騒いでましたよ。小学生も、中学生も。山の化け物が殺したんだとか、ね。なんだよ、山の化け物、って。いまならそんなふうにも思いますが。
凛奈が死んでから三日も経たないうちに、犯人は捕まりました。
犯人は、普通の人間でした。あんまり口には出しませんでしたが、ウチたちくらいの年代の子は大体残念がっていたんじゃないですかね。『なんだ化け物じゃないのか』って、そういう残酷なことを平気で考えられるのも、人間ですから。達観しすぎだ、って? あはは、そうでしょうか。
でもまぁ犯人も、複数の人間を殺してる時点で、全然、普通の人間じゃないような気もするんですけど、ね。
犯人は会社員でしたね。こっちに越してきてから三年くらいの。
心機一転、妻と子どもと一緒に田舎に暮らしてみよう、と葉桜町に来たみたいですね。でも馴染めず、溜まった鬱憤が動機だとかなんとか。首を斬ったのは、古くから伝わる風習にヒントを得てのことだった、と。これも一種の模倣犯ってやつなんですかね。ほら、宮部みゆきの小説に、そんな作品があったじゃないですか。
あとになって週刊誌で読んだんです。
死刑判決を受けていましたね。
知っていますよ。犯人は四件の殺人は認めたけれど、凛奈の殺人に関しては絶対に認めなかったことなんて。両親はいつも怒っていて、被害者遺族の会を先導していましたから。ウチは関わりたくなくて、そういう会には何かと理由を付けて行かないようにしていました。
妹の死に関しては、色んな憶測が飛び交いました。なんでひとりだけ違う年代の子だったのか。偶然だ、というのがおそらく一番自然なのでしょうが、みんな『偶然』って嫌いなんですよ。そこに何か理由を求めたがる。ウチが聞いた中で、一番びっくりしたのは、犯人の本当の目的が、凛奈、で、そのカモフラージュのために、本当の動機を隠すために、他の四人を殺した、というやつです。動機を隠したのは、犯人の高いプライドゆえに、ってね。昔の有名なミステリ小説に、なんかそんな感じの作品ありませんでした、っけ。とりあえずまぁ、馬鹿馬鹿しすぎて思わず笑っちゃいましたよ。
みんな難しく考えすぎなんですよ。
死ぬことが決まっている人間の言葉なんて、もっと素直に受け取ればいいんです。そう思いませんか、先生。四人を殺した時点で死刑が決まっている犯人が、『俺はやってない』と言うんだから、それはやっていないんですよ。
さらなる模倣犯がいたんですよ。
先生も暑いんですか。汗をかいてますよ。
……私、妹が嫌いだったんです。んっ、『私』に変わっている、って? さぁ気分の問題ですかね。あんまり仲の良い姉妹関係ではなかった、と思います。殺せるものなら殺してみたい。でも殺すチャンスがないから殺さないだけ。そういう相手が先生にもいませんか。そうですか……いないんですか。根が善人なんですね。羨ましい。私、生まれ変わったら、先生みたいな人間になりたいです。
自分勝手で、要領よく生きている凛奈。みんなから愛されている凛奈。そのすべてが憎い。たかが小学生に何を思っているんだ、って話ですよね。でもあの時の私には、どうしても許せなかった。
頭のおかしい犯罪者が、『偶然』騒ぎを起こしているんだから、その機に乗じてみよう、ってね。
怖いですか、先生。目の前に人殺しがいて、たったふたりきり。
……なんてね。冗談ですよ、先生。凛奈は、大好きな妹です。つい言ってみたくなったんです。私、昔からひとを怖がらせるのが好きで。こうやって過去を掘り返そうとする先生に、ちょっとイタズラをしてみたい気持ちになったんです。
どうですか、怖かったですか?
本当にきみがやったんじゃないのか、って?
何を言ってるんですか。先生は確か犯罪心理学者さん、なんですよね。そんな先生にこんな話をしたら、釈迦に説法、と言われてしまうかもしれませんが、先生、知っていますか。灰色は黒にはならないんですよ。証拠はありますか。私が犯人だと指し示す、確実な証拠です。こんなにも大事なことを、先生ほどのひとが忘れてはいけません。ここは法治国家です。ふふ、くふふ。
じゃあお話はこれくらいにしましょうか。先生と話せて、とても楽しかったです。
またいつか会いましょう。
その時には、私を観念させるほどの証拠をお待ちしております。
特殊事件調査ファイル Case1『ひなまつり』 サトウ・レン @ryose
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