書を読む間の仲②
「章人くんって本当に何でも読んでるよね」
「乗ってこれる身でそれ言うか?」
「あたしが勝手に並べたのについてきてくれたんだから言えるでしょ」
「それだけぽんぽん出てくるだけでも十分」
「なのに、あたしたちにピッタリな作品は思い浮かばないんだよね。義兄妹には到底なれないしね」
「選択肢が多過ぎる」
そのうえ、一体何に重ね合わせようとしているのか。義兄妹のストーリーラインに絡んでくるのは、相棒よりはもう少し愛情に傾いている話が多い。
「元カップルとか」
「文学少年少女から検索してもアヴァンギャルドなところに行くなよ。どこを切り取っても当てはまらない」
「文学少年は章人くんにピッタリだよ。周囲を気にせずに物語に埋没しているところとか」
「あそこまで男前な振る舞いはできない」
「ふーん? そう?」
否定してこない距離感は正しい。木元は俺のことを知らないのだから、首を傾倒されるくらいでちょうどよかった。
「あんな男いる?」
「気遣いでき過ぎだよねぇ。それ言っちゃうと、ヒーローたちはたじたじだろうけど。あたしだって、あんなに淑女然とはできないかなぁ」
「木元は黙って座ってれば淑女に見えなくもないよ」
言いながら、気になったタイトルを抜き出す。装丁からもミステリかサスペンスは確定的で、ぱらぱらとページを流し見した。
この動作にはあまり意味はない。書式を見ているだけだ。内容を読み込めるほど、速読の技術は持ち合わせていない。多少は目に留まる単語や台詞をざっと洗ってはいるが。とはいえ、感覚だ。
それを手に取ったまま、次を探して本棚へ目を滑らせる。すっかり意識が取られていた。そして、他の本棚へ移動しようと視線を上げて、木元が呆然としていることに気がつく。
「え、どうした?」
「あ、いや、うん。まさか淑女と言われるとは思わなかったからビビったというか」
「黙ってればな」
「一言多いんだよなぁ。けど、あたしそんな可憐? っていうか、大人しそう? な感じじゃないし、そんなふうに言われるとは思わなかった」
「そうか? 本を読んでいるときは楚々としてる」
「それじゃ、それを知っているのは章人くんだけかも」
「……他の子の前では読まないのか?」
教室では見かけない。友人とのコミュニケーションを優先すれば、そうもなるだろう。だが、ゼロということもあるまい。
「まったくってことはないけど。でも、多分図書室にいるから何となくとか。たまたまとか。そのくらいにしか思われてないかも? あと、みんなといるときに読みたいなってときは電子書籍でってことも多い」
「並行読みしないのに?」
「そういうときは、できそうなのをやるっていうか。でも、紙のほうが好きなんだよね」
「捲ってる感じがあるもんな」
「そう! 章人くんなら、分かってくれると思った」
ぱぁっと表情が華やぐ。眩しい。木元は、元より活力が漲っていた。心底嬉しそうに笑うと、その度数は一層に引き上げられる。
「まぁな。でも、そこは各々の好みだから。木元だって、自分の状況に合わせて変えてるんだろ?」
「まぁ、そうなんだけどね。便利だし」
「収納に困ることもないし」
「章人くんの部屋って、本の量すごそうだよねぇ。塔とか立ってそう」
「さすがにそこまでじゃないよ。欲しい本が全部手に入るわけでもないし」
「図書館は味方だよね」
木元が苦さを噛み下すように笑う。まったくその通りだ。
その証拠であるかのように、俺たちは雑談を交わしながら本を選んでいく。淑女に止まっていた木元も再起動して、腕に本を抱えていた。重そうなのに、ちっとも堪えている様子はない。手伝いを申し出るべきか。そんなふうに浮かんだ行動は、距離を測って捨て去った。
穂架さんなら、手を貸しただろう。けれど、俺と木元の距離は表現しきれない。同志だ。木元だって、それを隠すこともない。それは喜ばしいし、悪くない気分だった。
それでも、たったの数週間。異性の同志との距離感は測りかねた。本談義こそ歯に衣着せない。木元はラノベも読むからか。ネットスラング的な荒っぽさも通じる。その点では、穂架さんよりもラフにぶちまけられる相手かもしれない。
これは木元に心を許しているというよりは、穂架さんに自意識を肥大化させているだけだろう。背伸びしたいと気負っている。その分、木元とは気軽ではあった。
そして、測っているからこそ、適度に不干渉な状態が心地良い。本を手に重ねていくにつれ、お互いにお互いへの関心を薄くしていく。
そして、挨拶もなく同じ机で本を読むこともあれば、挨拶もなく解散することもあった。不意に本談義が再開されることもある。なんとも不定形で捉えどころのない。
そんな距離感を保ち、俺たちは今日も館内を彷徨っていた。
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