第二章 書を読む間の仲

書を読む間の仲①

 木元にオススメされたのは、ベランダ菜園を通じて仲良くなる大学生と社会人の話や、後宮でのファンタジーミステリなどだ。シリーズもののそれを一気にオススメとして渡されたので、GWはほぼすべての時間をそれに費やした。

 だからといって、GWに図書館へ向かわなかったわけではない。館内で別の小説を読んだりもした。待ち合わせたわけではないが、木元とも顔を合わせている。

 ロングスカートにオーバーめのシャツをインした私服姿は晴れやかだった。黒縁眼鏡は伊達らしい。

 そんな木元とちょっとだけ本談義をして、俺のオススメ本を押し付けた。木元からの作品が恋愛ものだったので、ラノベのラブコメにしている。骨太のファンタジーと絡んでいる恋愛ものもいいが、同居系やお隣ごはん系が、ベランダ菜園との塩梅はいいだろう。

 木元は嬉しそうにいくつかのラノベをピックアップして帰っていった。その遭遇時に、木元から呼び捨てでいいよと言われている。

 章人くんと呼んでくれた木元に倣うのならば、名前のほうだったのかもしれない。けれど、人付き合いに疎い。女子との関係など皆無に等しい俺には、ハードルが高過ぎる。木元と呼ぶだけでも十分に譲歩していた。穂架さんを呼ぶのとはわけが違う。

 けれど、同年代の読書好き。同志と呼べる存在と距離が縮められたことは、素直に嬉しかった。

 千賀浦が知ったら驚くだろう。俺自身、人付き合いへの感情の引き出しがあったことには驚いた。自分が不感症だとは思っていないが、付き合いに消極的な自覚はある。そこにいくらか可動範囲があったことには驚きがあった。

 異質さは拭えないが、満更でもない。交流を遠ざけようなどとは思わなかった。GWを終えた学校帰りの図書館で、当たり前のように顔を合わせるほどには、俺は木元を許容している。


「これ、返すよ」

「今日会わなかったら、毎日持ってくるつもりだったの?」


 借りた本はシリーズ一括。文庫本ではあるが、全十二巻もある。木元が一気に持ってきたときは驚いたが、オススメ本を押し付けるときのテンションは分からんでもない。

 俺も何冊かを穂架さんに押し付けたこともあるし、あちらから渡されたこともある。木元のように、初手からではなかったが。その辺りは、木元が持つアグレッシブさだろう。


「木元なら、それほど期間を空けなくても通ってくるだろ」

「だからって、毎日は重いでしょ? 連絡……そっか。知らないんだっけ。交換しとかない?」


 なんともスムーズな流れに圧倒された。これが陽キャパワーか。そんな区分けに意味はないと思っていても、能力差は実在する。

 流れに抗う間もなく、俺のスマホには木元の連絡先が追加された。

 実を言うと、穂架さんの連絡先は知らない。どれだけ交流があるといっても、司書と図書館通いの利用者。長い間積み重ねてきたはずのものは、近いようで遠かった。


「よし。これからは、本を返すってときは連絡してよ? 無駄な持ち運びなんて悪いし」

「ああ。そうか。そうだな……助かる」

「連絡なしで行き当たりばったりってのは大変だよ。ただでさえ、鞄の中に何冊も本を入れてるでしょ?」


 読書好きの習性を当てられて苦笑する。木元の鞄の中も、言葉通りの状態なのだろう。その常識の重なりが心地良い。


「そっちも同じだろ? まぁ、連絡はちゃんとする。木元の重さに加算されちゃうしな」

「ふふっ、なんか変な感じ」


 木元が慮ってくれたのを返しただけだ。自然と呼ぶには、自分の中でも変則的ではあった。けれど、木元が変と評する意味は分からない。

 首を傾げた俺に、木元は笑い顔のまま荷物を受け取って抱えた。


「あたし、読書友だちいたことないって言ったでしょ? こんなふうに本の重さで意識の共有ができて通じるの面白いなって思って。それも、章人くんなんだもん」

「……意外で悪かったな」


 意味は分かったが、人名を指定されると釈然としない。どういう文脈だとしても、変であることには変わりないのだから。

 木元はすぐに


「違う違う」


 と手を振って否定する。


「章人くんが変だってことじゃなくて、今までぜーんぜん話したことのなかった相手なのになぁってこと」

「ああ」


 それには深く同意した。それどころか、木元よりもより切実に感じている。いくら図書館通いの姿を見ていたとしても、こうして交流が生まれるとはまったく予期していなかった。

 変と称して相違ない。


「物語の導入みたいだよね」

「いっそ平凡じゃないか?」

「えー。ちょっとはわくわくしてくれてもよくない?」

「俺と木元で?」


 カーストがどうの、と言ったところで、物語の導入に例えられてしまったら突っぱねることは難しい。

 というか、想像に当てはめようとすれば、どう解釈したって通じかねない。触れている物語が多ければ、突っぱねようとした言葉は口にするよりも先に脳内で弾かれていってしまう。

 何にしたって、自分たちを重ね合わせることは気恥ずかしくて、俺は一足先に本棚へ動いた。木元は緩々と隣に並んでくる。


「あたしじゃ力不足?」

「役不足」


 俺の相手役など、役のほうが軽い。木元には不釣り合いだ。からりと告げた俺に、木元は片眉を吊り上げた。表情筋がよく動く。


「なんでそんなこというかなぁ。章人くんは自己評価低くない?」

「木元がスペック高いんだよ」

「章人くんのほうが勉強できるでしょ?」

「そういうことじゃないな」

「陰キャとか陽キャとかそういうつまらないこと言う?」

「アホらしいとは思うけど、俺と木元じゃ愛想の良さとかそういう点では大きく釣り合ってない」

「バディってのは正反対なものじゃない?」

「……それ言い出したら、何だって物語みたいになるだろ」


 多種多様な展開が用意されているものだ。

 苦笑いをすると、木元は唇を尖らせた。ウェーブのかかった髪の毛先を弄る姿は、いかにも拗ねているという風体だ。


「そんなに当てはめたいものか?」

「ブロマンスでもシスターフッドでも」

「せめて男女にしてくれ」

「じゃあ、章人くんってアクセ作りに興味があったりする?」

「男女の友情があるかどうかなんて論ずる気はない」

「んー、同志だし……なんだろうなぁ」

「趣味友だちっていうなら、いくらだってあるだろ。それこそ、サークルものとか」

「ああいうのはサークルものに見せかけたハーレムものじゃん」

「否めない……けど、大学生の青春とかはある」

「ミステリーに発展しちゃうやつ。ゾンビとか未来視とか」

「特殊中の特殊設定を当然のように振りかざすな」

「隻腕の巨人との密室殺人もハラハラしたよね。でも、あれは愛好会だし、趣味の同志って感じでも青春って感じでもないか」


 言いながら、木元が足を止めて本棚を眺め始める。自然な身のこなしに釣られて、こちらもそばの本棚を見やった。館内でのお喋りは、トントン拍子ではあるが声のボリュームは調整されている。


「本好きねぇ」


 木元は物色しながらも、まだ自分たちに当てはまるものを探しているようだ。泡沫のような呟きは苦々しい。俺は気になっていたタイトルを見つけて手に取った。横目に入る木元の悩み顔は本の物色か。俺たちの評定か。


「下剋上でもするつもりか?」

「どんどん横道に逸れるじゃん。あたし、あんな規格外無理だけど」

「俺だって、あんなその世界で正しくチートしているイケメンとか絶対ないわ」

「異世界人の主人公よりヤバいよね」

「その分、縛られているものも多かったってだけで」


 逸れているといいながら、会話を中断することはない。滑らかに意見を交換しあえるのは、快適過ぎる。


「縛りは俺TSUEEEEEでもあるじゃん、一応」

「一応な。枷を外せる条件もあるけど」

「お兄様とか?」

「さすが」


 かなり適当な相槌だった。けれど、木元はおかしそうに笑い声を立てる。館内を意識しているのか。教室での弾けるようなものではなく、口元を手で覆うクスクスというものだ。お淑やかとも取れる仕草は、存外木元に似合っていた。

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