第10話 王子様とキツネ
パイロットの「わたし」は、ある日飛行機が故障して砂漠に不時着してしまう。そんな彼の前に現れた、風変わりな格好の少年。それは地球から遠く離れた、小さな星からやって来た王子さまだった。純粋でまっすぐな心を持った王子と過ごす中で、わたしは少しずつ感化されていく……。
「超有名だから、あらすじくらいは知ってたけど……。まさか、オレが読むことになるなんてな」
帰宅すると、隼人は早速本を取り出した。自室のベッドに寝転がり、頭上に掲げる。
本当は、ある程度学校で読み進めるつもりだった。でも、2人の話を聞いて、家に帰って1人で読もうと考え直した。他の人がいる前で読むのは、優の信頼を裏切る気がして嫌だったから。
それに、優はいつも隼人と向き合ってくれていたのだ。それならば自分もまた、本を通じて優と向き合いたい。
そんな思いが隼人にページをめくらせる。カラフルな挿絵に導かれるように、彼は物語の世界に入っていった。
チクタク、チクタク。静まり返った部屋に時計の秒針の音が響く。今何時だろうか。階下の物音からして、そろそろ夕食ができる時間帯なのは間違いない。肉が焼けた時の香ばしい香りが微かに漂ってくる。口の中に唾液が溜まっていくのが自分でも分かった。
しかし、隼人はそれを飲み込んだ。外部の情報をシャットアウトし、目の前の言葉だけに集中する。こんな経験は初めてだった。夕食のメニューよりも、王子の旅の行方が気になって仕方ない。思わず独り言が漏れた。
「やべえ、超面白い」
そう、面白いのである。読みやすい文章。所々挟まれるカラフルなイラスト。王子と僕が徐々に仲良くなっていく姿。そのどれもが隼人の心を掴んで離さない。「ページをめくる手が止まらない」なんて状況が、まさか自分にあてはまる時が来るとは。
とはいえ、そろそろ手を止めなければならなかった。いつもならとっくに階下へ降りている頃合いだ。母に心配をかけるのはよくない。
「ん?」
そう思って栞を挟もうとし、隼人はふと手を止める。物語は既に後半に差し掛かっていた。これまで謎だった王子の過去が明かされる、とても重要な場面だ。
大事なバラを置き去りに自らの星を離れ、さまざまな星を巡っていく王子様。やがて辿り着いた地球で、彼は1匹のキツネと出会う。
見知らぬ星に1人ぼっちで、寂しくて寂しくてたまらない。そんな王子様はすぐさまキツネを遊びに誘おうとする。しかし、キツネは頷かない。首を傾げる王子様に対して、滔々と語りかける。友達になりたいなら、まずは……。
隼人の脳内で、いつかの声が重なった。
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