推理

「――で私のところに来たのか、わが友エセ


 私たちが教会に舞い戻ると、西堀司祭は自ら対応してくれました。ちょうど空いていた礼拝所の祭壇に腰掛け、司祭様は話に耳を傾けつつアンジーを観察します。日没近い時間帯に高校生が出歩いてる点は、目を瞑ってくれたようです。


「ちょっとちょっと、ストップ」


 流石にアンジーが片手を挙げて遮りました。


「どうして?」

「何故なら此処が、宿の無い者を受け入れる場所だからだ。ちょうどヨセフとマリアが仮の宿アロハミエント・テンポラルを得たように」


 代わりに答えた司祭様は、たっぷりとした顎髭をさすって続けます。


「アンジー、だったかな? 教会には狭いがゲストルームもある。好きなだけ居て良いし、いつ出て行っても構わない。無理強いはしないが、私に出来るのはそれくらいだ」

「まぁ言いたいことは沢山あるけど……悪くないわ」


 不承不承ながら、アンジーも申し出を受け入れた様でした。右耳の黒いイヤリングをいじりながら、不貞腐れたような態度です。ですがやはり、不良少女といった趣ではありません。そこに意地は見えても、相手への悪意は見えないのでした。


 ところで、今更ですが司祭様ったら、祭壇に腰掛けても良いのでしょうか?……なんて訊くのは愚問の極み。なにせ『そも規則を守らなければ、破ることも無い』がモットーの司祭様ですから。


「なんかアンタ……風変わりな司祭ね?」

「ハハッ。もし誰かを破門にするなら、私は自分に一票を入れるな」


 ほんの冗談のつもりでしょうが、彼の言葉にアンジーは顔を伏せました。


「そんな……アタシだって、ずっと堕ちたフォールーンままなのに」


 ポツリと呟くと、自分の太ももに置かれた拳を見つめます。その仕草に部長サマが声を掛けようとして、少しあとに開けた口を閉じました。

 かえすがえす、この娘はいったい何者なんでしょうか?


「じゃ、そろそろ俺ら撤収しますんで……」


 妙に気まずい空気の中、部長サマに急かされて私たちは教会を後にしたのでした。


□ □ □ □


「市議会で条例が厳しくなってね、此処ももうじき立ち退くかもしれないわ」


 翌日、月曜の放課後のこと。

 私は教室に来た氷見先輩に誘われて、夕刻に近所の川沿いに立ち並ぶ皿うどん屋台に行ったのです。

 行きつけの屋号は『任性的人気まぐれ屋』。名前の通り決まったメニューは無くて、料理はその日仕入れた具材と店主の気分で決まります。小さい頃からよく通っているので、最早ちょっとした常連です。

 ……だから、デートとかじゃ無いですって!


「市議会も屋台群ウチラを地元名物みたく仕立てようと企図したっぽいけどね、どうも観光客が寄り付かなかったってさ。ったく、ムカつく」


 湯気の向こうから話すのは、中国系オーナーのカクさんです。男勝りな気質の彼女は、流暢な日本語を話しつつも蒸気越しの目は忙しなく動いています。ですがそれも、一人で屋台を切り盛りする姿と思えば納得です。

 因みに今の話だと、近々屋台も場所を移すことになるのだそう。

 

 郭さんが後ろを向いている間に、カウンターに掛けた氷見先輩が小声で口火を切りました。


「……昨日のアンジーって娘、気になって色々調べたんだ」


 そう囁くと、まるで秘密の話でもするかのように、心持ち身体を寄せてきます。


「彼女の使った『ファイブ・オー』って言葉、あれは『サツ』を意味するアメリカのスラングらしい……それと、黒のピアスも。確か左に二つで右が一つだったけど、この風習も西洋で一般的で――」

「えっと、先輩はFBIですか?」


 指を折って数え上げる先輩を、私は苦笑半分、尊敬半分で遮りました。

 すると先輩、珍しく顔を赤くして口元に手を遣ります。次いでおろおろと、下ろした髪の毛先をいじいじ。


「悪い、アンジーの振る舞いに違和感が、ね……」

「分かります。でも、よくそんな観察眼なんて持ってますね」

「や、こういう時に雑学が役に立つんだ」


 一転して少し得意げに言うと、細身眼鏡のブリッジを押し上げる先輩……そのテーブルに、ガタン!と皿が置かれました。


「同感だね、そう言ってもらえて嬉しいよ氷見キュン」


 バンダナを巻いた郭さんが、ニヤつきながら私にも皿を差し出してくれました。因みに彼女こそ、幼い先輩に雑学を仕込んだ張本人だったりします。


「ほれほれ、今日も特別メニューだぞ。赤味噌ベースにXO醤を回し掛け、オリジナル・トッピングはゲソとワサビ盛りだ!」

「う~ん、いつも通りカオスな一皿ですねぇ」


 まぁ正直『任性的人』の皿うどんは、日によって当たり外れが激しいです……そりゃ郭さんの気分でメニューが決まるので! でもそれ故に、いつ行ってもワクワクさせてくれる屋台なのですが。

 内心ドキドキしながら、私も早速頂きます。


「……ん、おいしい」

「まぁ額に見合った味ではあるね」


 各々の評価を聞きつつ、女番長さながら腕を組んだ郭さんもウンウンと頷きました。とは言えこの人、いついかなる時も出典不明の自信に満ち溢れているのですが。


「まだ日暮れ前だからね、少なめにしといたよ。当然お安くしとくわ」


 しかも高校生のお財布にも優しい! さすがの姉御肌です。


「ま、それがマエストロってもんさ……」


 と、なんだか急に額に手を当て、カッコ良さげに呟く郭さん。それに私が答えようとした時――

 暖簾を払って、隣のカウンター席に新しいお客さんが掛けたのです。


「マエストロの前に『自称』を付けなきゃね」


 そこには、銀髪少女の姿がありました。

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