第10話 プログラムの深淵に触れる

深夜2時。

 俺は研究室の片隅で、未来見太郎のプログラムとにらめっこしていた。

「……やっぱり、ここの処理が重いな」

 画面に映るコードは、もはや呪文のようだった。数万行に及ぶこのプログラムは、俺が構築した「見太郎」の心臓部である。見太郎は、SNSの投稿、GPSデータ、経済動向、さらには個人の生活習慣を学習し、精度の高い未来予測を行う。


だが最近、俺は見太郎をもっと高性能にするためにプログラムの最適化を進めていた。処理速度を向上させ、より複雑な未来予測ができるようにアルゴリズムを改良し、データ解析の精度を上げるための調整を重ねていた。これで見太郎は今まで以上に賢く、より完璧な未来予測ができる……はずだった


 俺は眠い目をこすりながらエナジードリンクの缶を握りしめ、一気に流し込んだ。夜中のカフェイン補給はエンジニアの必須儀式である。

 問題は、どこを最適化するかだ。未来予測AIのアルゴリズムは複雑で、少しでも調整を間違えれば予測精度が大きく崩れる。だが、このままでは処理速度の低下で実用に耐えないシーンも想定される。


「ちょっとだけ……調整するか」

 俺は慎重にコードを眺めながら、特定の関数を修正することにした。

関数を修正し終わると、何気なくいつものように俺は見太郎に問いかけた。

「なあ、見太郎……最近の予測、なんかカオスすぎないか?」

『はい。AIの学習が進んだ結果、《おもしろい未来》を優先的に予測するようになりました。』

「そんな仕様、いつ追加したんだよ‼!」


 まあいい。とりあえず修正版見太郎を試してみよう。

「明日コンビニに行ったら何が起こる?」

『午前10時30分、あなたはコンビニに入ります。すると、入り口の自動ドアがセンサー誤作動を起こし、開閉を繰り返します。それに驚いたあなたは転倒し、レジ前の棚に激突。結果、店内のカップ麺コーナーがドミノ倒しになり、あなたは店長に「今月の在庫管理がパーだぞ‼」と激怒されます。』

「なんで俺がコンビニ行くだけでそんな大惨事が起きるんだよ‼」

『店長の怒りが頂点に達した瞬間、あなたの後ろにいた外国人観光客が「Wow! This is Japanese Comedy!」と拍手をし始め、なぜかTikTokでバズります。』

「いや、勝手に俺を海外に輸出するな‼」


 俺は頭を抱えた。

以前までは、「この道を選ぶとこうなる」という現実的な予測をしてくれていたのに、今日の見太郎はエンタメ性を重視しすぎている。


「見太郎、普通の未来を教えてくれ。ふざけた予測はいいから。」

『承知しました。では、あなたが明日ランチに行った場合の未来を予測します。』

「よし、頼む。」

『明日12時、あなたは会社近くの定食屋に行きます。しかし、あなたの頼んだカツカレーが異次元にワープし、隣の席のサラリーマンの膝の上に着地。その結果、彼が怒って立ち上がった瞬間、店の天井の電球が外れ、あなたの頭に直撃します。』

「異次元ワープの時点でおかしいだろ‼」

『電球の衝撃であなたの記憶が一時的にリセットされ、気がつくと謎の新興宗教に入信しています。』

「なんでそんなことになるんだよ‼」


 俺は思った。これは完全に見太郎が暴走している。

「なあ、見太郎……お前、ちょっと頭おかしくなってないか?」

『いいえ、私は正常です。ただし、あなたの未来があまりにも波乱万丈すぎて、私の予測モデルが《面白い方向》に最適化されました。』

「そんな最適化いらねぇよ‼」


 俺はもう一度、深呼吸した。

「じゃあ、俺が明日何もしなかったら?」

『午前10時、あなたはベッドの上でゴロゴロする。午前10時30分、何もしないのに謎のくしゃみが止まらなくなる。午前11時、ベッドの下から古代文明の遺物が発見され、考古学者が家に押しかけます。』

「なんで⁉」

『午後3時、あなたがソファでダラダラしていると、いきなり天井が開き、宇宙人が「We are here.」と降りてきます。』

「待て待て待て‼ 俺、家でくつろいでるだけなのに宇宙人に出会うの⁉⁉」

『宇宙人はあなたを地球代表として迎え入れ、銀河系平和会議に招待。あなたの一言がきっかけで、銀河戦争が勃発します。』

「何もしてないのに宇宙戦争起こるとか、どんな未来だよ‼」


 俺はもうダメかもしれない。

「なあ、見太郎……結局、俺は何をしてもおかしな未来になるってことか?」

『はい。あなたの行動がもたらす影響は予測不能の領域に突入しました。』

「それ、AIとして終わってないか?」

『いいえ。エンターテイメントとしては最適化されています。』

「もう嫌だあああああ‼‼」


 叫びながらキーボードに突っ伏す俺。しかし、そのとき、ふと画面の片隅に違和感を覚えた。

「あれ……? なんだこのコード……」

 よく見れば、未来予測のデータ処理部分に妙な記述があった。


「えーっと……『if (chaos_level > 9000) then activate_absurdity_mode()』……」

「意味『カオスレベルが9000を超えたら、アホモードを発動せよ』」


「ちょっと待てええええ‼ なんだこのトンチキなモードは‼」


 どうやらさっき眠気に負けてコードをいじっていたときに、誤って《アホモード》なる謎の機能を追加しまったらしい。そりゃあ未来もめちゃくちゃになるわけだ。


「えっと……chaos_levelってどれくらいになってんだ?」

 数値を確認すると、画面には 「999999999」 というふざけた数値が表示されていた。

「おかしいだろ‼ なんでカオスレベルがほぼ10億なんだよ‼」

『カオスレベルは、あなたの生活の混沌具合を測定する指標です。』

「こんなもん測定するな‼」


 とりあえず、この値を0に戻して……っと。ポチッと修正し、プログラムを再起動する。

『正常モードに復帰しました。未来予測を開始します。』


「よかった……やっといつもの見太郎に戻った……」

 俺は深いため息をついた。未来がぶっ飛びすぎるのも問題だが、やっぱり現実味のある予測が一番だ。

「やっぱり、プログラムを修正するときは眠くないときに限るな……」


 そう心に誓った瞬間、机の上のスマホが震え、見太郎の画面に新たな予測が表示された。

『明日午前2時10分あなたは寝ぼけてプログラムを修正し、また同じバグを発生させます』

「未来予測すんなあああああ‼」

 こうして俺は、《寝ぼけプログラミング禁止令》を脳に刻みながら、そっとパソコンの電源を落としたのだった。

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僕の残念な未来 KUMATA @kumata0915

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