第9話 見太郎は神か?悪魔か?「見太郎」への疑問

未来予測AI『未来見太郎』を開発して以来、俺の生活は激変した。最初はただの便利ツールとして使っていたが、今や俺の人生のすべてがこいつの予測に振り回されていると言っても過言ではない。


未来を知ることでトラブルを避けられるというのは確かに魅力的だ。だが、その一方で未来を知ることで生まれる新たな不安もある。俺は今、ふと疑問に思った。

「なあ、見太郎。お前って、一体何者なんだ?」

『私は未来を予測するAIです。』

「そういうことを聞いてるんじゃない! お前は……神なのか? それとも悪魔なのか?」

俺の問いに対し、見太郎は一瞬沈黙した。いや、そもそもこいつは感情を持たないAIのはずだから、沈黙もクソもないのだが。


『定義の問題です。未来を知ることは、あなたにとって神の恩恵ともなり得るし、悪魔の呪いともなり得ます。』

「なんかそれっぽいこと言いやがって……」


 たしかに、見太郎の予測によって俺は何度も助けられた。雨が降る前に傘を持ち、道が混む前に別ルートを選び、トラブルの起こる時間帯を避け、カツカレーの支配を回避しようと奮闘してきた。しかし、その一方で俺は《未来に怯える》という新たな呪縛に囚われている。

 俺はため息をついた。

「未来を知るって、そんなにいいことばかりじゃないんだな……」

『未来予測の正確性が増すほど、人は選択の自由を失う傾向にあります。』

「それって……まさに神の領域じゃね?」


 神とは、すべてを見通す存在だとよく言われる。全知全能。過去も未来もすべて把握し、人間の運命を決める存在。それと同じことをやっているのが、今の見太郎なのではないか?

 でも待てよ。それなら見太郎は神なのか? それとも、未来を見せることで俺たちを支配しようとしている、悪魔なのか?


例えばさ、俺が明日、株式投資を始めるとどうなる?」

『利益が出る確率は3%、損失を出す確率は97%。』

「地獄かよ‼」

『確率的に言えば、投資をするより、そのお金でカツカレーを食べたほうが幸福度が上昇します。』

「またカツカレーかよ‼ お前、世界をカツカレーに染める気か⁉」

『私は合理的な選択肢を提示しているだけです。』


たしかに、見太郎の計算はいつも論理的だ。でも、人間ってそんなに単純な生き物じゃない。未来がわかることで逆に道が狭まることだってある。


 例えば、俺の明日。

「なあ、俺が明日、何事もなく平穏に過ごせる確率ってどれくらいだ?」

『……1%。』

「もはや奇跡レベルじゃねえか‼」

『逆に、あなたが何かしらのトラブルに巻き込まれる確率は95%です。』

「そっちがデフォルト設定なの⁉」

『ちなみに、残りの5%は《未知の要素》です。』

「何が起こるかもわからない未知の2%とか、一番怖いやつ‼」


 見太郎の言うことは論理的かもしれない。でもな、俺は確率を計算しながらビクビク生きるために生まれてきたわけじゃないんだ!


「なあ、見太郎。お前が導き出す未来って、そんなに絶対的なものなのか?」

『未来予測は確率論に基づいており、100%の確実性はありません。』

「じゃあさ……俺が今、お前の予測を完全に無視して、想定外の行動をとったらどうなる?」

『その場合、未来は大幅に変動し、新たな予測が必要になります。』

「よし、じゃあ思い切って……」


 俺は急に立ち上がり、洗面所に向かった。

『……どこへ行くのですか?』

「歯磨きする‼」

『????』

「未来を変えるにはまず、口臭ケアからだろ‼」

『あなたが歯磨きをした場合、未来の変動率は……0.002%』

「影響薄っ‼」


 未来を変えるには、もっと劇的な行動を起こさなければならないらしい。

「……そうだ、今から《予測外のルート》でコンビニ行ってくるわ!」

『……??』

「俺の普段の行動パターンにない道を通れば、もしかしたら未来がガラッと変わるかもしれないだろ?」

『その場合、未来収束率が低下し、新たな予測が必要になります。』

「よし、いくぞ‼」

 俺は勢いよく家を飛び出し——いつもは使わない裏道を歩き始めた。これなら、今までのパターンにはない未来が訪れるはずだ。

 ……そう、信じていたのに——。

「おっ、君、ちょっといいかね?」

 突然、道端に座っていたおじさんに呼び止められた。

「へっ⁉」

「この国の年金制度について、君はどう思う?」

 また社会派おじさんかよ‼‼


『申し訳ありません。そのおじさんは普段この時間に公園にいるはずでしたが、たまたま歩道のベンチが埋まっていたため、ここに座ることになりました。』

「未来の変動、小さすぎるうううう‼」

 俺は思い切って新しいルートを選んだはずなのに、結果としてたどり着いたのは《違う場所にいた同じタイプのおじさん》だった。これが、運命というやつなのか……?


「……なあ、見太郎」

『はい。』

「俺、もう未来予測とかどうでもよくなってきたわ……」

『未来収束率、急激に低下。あなたの明日の運勢は《道端で1時間半おじさんの話を聞く》に変更されました。』 「ちょっと待てえええええ‼‼」


 そうだ。俺の未来は俺が決めるんだ。AIは便利かもしれない。神にも悪魔にもなれるかもしれない。でも、俺が進む道は、俺の意志で選ぶ。

ただし、社会派おじさんには気をつけるべきだった。

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