第16話 飛ぶように走る
こっちの世界に武器防具の店はない。
戦う準備も急場しのぎになったが、仕方ないだろう。
荷物をひとまとめにしたビニール袋をガサガサ揺らして走っていると、スマホが震えだした。
知らない番号からだ、と思ったのも束の間。何故か勝手に通話の状態になる。
『やっほー久郎くん、いろはちゃんからの電話だよん』
「お前……どうやって俺の番号調べた」
『それができちゃうのが私の能力なんだよなぁ』
機械を操れるって、電波でもオッケーなのかよ。
『そもそもぉ、連絡先も交換せずに出てっちゃったのはそっちでしょお?』
「すまん。忘れてた」
『お馬鹿さんなの? かわいー』
からかわれてしまった。確かに連絡先くらいは交換しとくべきだったな。
「それで? 犬走は見つかったか?」
『スマホのGPSを追っかけて、町中の防犯カメラの映像を調べたから、位置は大体わかった』
「どこだ。教えろ」
『おっけー、今、久郎くんのスマホに位置情報を表示しまーす』
すぐさま画面に地図アプリ表示された。
矢印が現在位置で、犬走はこの赤い点みたいな奴か。
『そこから南の方なんだけどさあ、細い道が多くて正確な場所はわかんないや』
「いや、これで十分だ」
俺は一度スマホをしまって、視線を上げる。
道は俺もよく知らん。最短で行こう。
走る脚をグンと南向きに変えて、俺は最初に目についた細い路地に入る。
先は行き止まりだが関係ない。
走りながら前方、両サイドの壁面を確認する。
掴める場所、踏み台に出来る場所。荷物は……口にくわえればいいな。
大丈夫だ。行ける。
タンっと上に跳んで、その先にあった窓枠に右手を引っ掛ける。
すかさず左手、反動をつけて体を押し上げて脚を乗せ、再び反対側の壁に向かって跳ぶ。今度は壁に縦向きに取り付けられている配管だ。棒をよじ登る要領で上に進むと、またすぐに窓枠。
建物の屋上に辿り着くのに、十秒もかからなかった。
高くなった視界で、南に進むルートを探す。
幸いこの辺は建物が密集していて、高さもあんまり変わらない。
目的地まで真っ直ぐ行けそうだ。
とりあえず次の建物の屋上までは幅五メートル、落差は二メートルくらいか?
くわえていた荷物を放り投げて着地点に落とす。
その後で助走をつけ、次の足場まで跳んだ。
浮遊感が落ちている感覚に変わる。地面に足が着くと同時に、前に転がって勢いを殺しつつ荷物を回収。そしてまた、次の目的地に向かって投げる。
走って、跳んで、降りて、掴んで、転がって、越して、くぐって、足場に着いたらまた次へ。体に染みついた動作が、その時々に応じた最善を導き出してくれる。
この程度の高さや速さに、恐怖は感じない。
「……この辺か」
たどり着いた低いビルの屋上。
さっきの地図で見た目的地には相当近づけたはずだ。
『……ねえねえ、久郎くん。君もしかして、空飛べるの?』
「飛べるわけないだろ。どうした、突然」
『いや、そうじゃなきゃ今のGPSの動き、説明つかないと思うんだけどなぁ』
「建物の上を走ってきたんだよ」
『なかなかのクレイジーさんだねえ』
「もういいか? しばらく黙っててくれ」
納得していない口調のいろはとの通話を一旦切って、ビルのふちにしゃがみ込む。
機械でどうにもならないなら、犬走の場所は感覚で探るしかない。
「一回くらいなら、いけるよな」
目を閉じて、深く息を吐く。
魔法を使って、犬走を見つけるために。
向こうで教えてもらって、俺も使えるようになった。
ただ、どういうわけかこっちの世界じゃ必要な魔力が全然溜まらないらしい。
そのことに気づいたのは半年前。
それでも日に一度、小さな魔力で発動できるものなら何とかなる。
昨日、いろはたちに捕まっている時の紐を切ったのも魔法。
そして今必要なのは、感覚の強化だ。
障害物が多いこの場所なら、聴覚を研ぎ澄ます。
一つにまとめ上げた魔力を両耳に巡らせる。
感覚としては、潜っていた水の中から顔を出すのに近い。伝わってくる音の量が急激に増えて、感じ取る世界が、より鮮明に広がっていく。
探せ。
足音、息遣い、機械の音、違う。見つけたいのは、暴力の気配だ。
そう。下卑た笑い声、荒い息遣いそして。
ちくしょお、と声が聞こえた。
間違いない。犬走の、声だ。
「見つけた」
ちょうど限界だ。
魔力が尽きて、感覚が元に戻る。五秒くらいのもんか。やっぱり短い。
それでもギリギリ、間に合った。
犬走の状況はかなり危うそうだが、まだ助けられる。
「…………いくか」
手にしたビニール袋の中から、準備してきたものを取り出す。
「おい、いろは、もうちょっとなんかなかったのか」
『ええ? 女子高生が通学で使ってる雨合羽だよ? いい匂いするでしょ?』
「かび臭いな」
『さ、最後に使った時にちゃんと乾かしてなかっただけだもん!』
いろはに借りた安物のレインコートを広げ、頭から被って、袖を通す。暗い紫色の女物だ。こういう時は小柄で良かったと思う。
防御力は皆無だが、俺の正体を隠すくらいの働きはしてくれるだろう。
「まさか、またこれをつけることになるとはなあ」
仕上げに着けるのは、丸くて大きなレンズが特徴的なゴーグル。
向こうの世界から持って帰ってきて、お守り代わりに通学鞄に潜ませておいたのだが、こんなところで役に立つとは。久々だけど、目元にはしっかり馴染むな。
そのことを確かめて、俺は音を立てないよう動き始めた。
ナイト・クロール ケスノイダー @kesunoida
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