第15話 何者なのかはわからないけれど

 部室に着くなり、いろはが余計な茶々を入れずに口火を切った。


「ワン子が、いないの」

「犬走が? 俺は何もしてないぞ」


 いないとはまた、微妙な言い回しだ。


「それはわかってるよお。久郎くん、昨日、話したことは覚えてる?」

「どの話だ?」

「街の困った奴らを何とかしたいって話。ワン子は多分、一人で先走っちゃったみたい」


 そう言って、いろはは自分のスマホを取り出し、一枚の画像を見せてくる。

 離れた場所から撮影されたのが分かる荒い画像に写っているのは、一人の男だった。


 髪形や服装、そして表情を見るに随分ガラが悪そうだ。周りには取り巻きと思しき連中も連れている。

 まさにチンピラって感じだな。


「こいつは尾長竜也おながりゅうや。DQNのボスで、私達、ずうっとマークしてたんだあ」

「ド……なんだって?」

「ああ、ただのネットスラングだよん。この場合は人間のクズをさします」

「お行儀の良いタイプじゃないのは見ればわかるが」

「こいつ、かなり危ない奴みたいなんだよねえ。飲み屋街でおじさん殴ってお金を巻き上げたり、一人でいる学生を集団で襲ったり、狩りとか言って暴力を振るってるんだってえ」

「どこにでもいるもんだな、そういう奴は」


 本気で嫌悪している表情で説明するいろはを見て、俺も溜息を吐く。

 一般人でも、暴力を商売にする覚悟を持った外道でもない。自分より弱い者にだけ都合よく力を振るう下衆。

 街中に出没するって意味じゃ、ある意味、魔物よりもたちが悪い。


「こいつをやっつけるのに力を借りたかったんだけど……ワン子、それが嫌で先走ったみたい」


 察するに、犬走はいろはに相談もせず尾長とかいう奴のところに向かったってところか。

 そんな危険な行動に出てしまった原因といえば、一つだろう。


「昨日のことは……悪かったよ。その、手は? もう痛まないか」

「んん? ああ、いーのいーの。すっごく痛かったけど、ぶっちゃけヤじゃなかったし」

「…………何だって?」

「むしろドキドキしちゃったかも? やあん、自分でもびっくり!」


 こいつ、やべえな。

 赤らめた頬に両手を当てて、いひいひと身をくねらせるいろは。正直、引く。


「もういい。ただ、犬走ならチンピラくらい相手にもならんだろ」


 手合わせした感じ、犬走の腕は立つ。

 魔物の姿になれるという切り札もあるわけだしな。


「んー、ただのチンピラだったら私もここまで心配してなかったんだけどお」


 ただのチンピラだったら、か。


「この尾長って奴にも、お前らと同じような力があるってわけか」

「ぴんぽーん、その通りなのです!」


 そりゃまずいな。

 もしも尾長に犬走と同じか、それ以上の力があるんなら危険な状況だ。

 噛みついていってこっぴどく返り討ちに合うならまだいい方。


 だが、あいつは女だ。顔立ちも整ってる。

 最悪の場合どうなるのかを想像するのは難しくない。


 急いだほうがいい状況なのはわかった。いろはが心配するのも納得だ。


 だが。


「なんで俺に頼る?」


 昨日、痛めつけられた相手だろうに。

 何を思って俺に助けを求めたんだ。


「それはね、久郎くん、勘だよ。私ね、自分の勘を確かめたくなったの」


 すっと、いろはが一歩近づいてくる。

 昨日のように息が触れるような距離じゃない。

 人と人が話す時の当たり前の間合いで、いろはは俺の顔をじいっと見つめてくる。


「君は良い人なのかなあ? それともこいつと同じ、ただの乱暴なDQN?」


 微笑みながら、何かを見透かそうとしている。


 俺はどんな人間なのか。

 持っている力を何に使うのか。

 暴力を、正しい事のために使えるのか。


「……わからない」

「言ったでしょ。わからないから、確かめさせてよ」


 目を逸らした俺の手をとって、いろはが言う。


「私の友達を助けて。お願い、久郎くん」


 触れた手の甲からひんやりと冷たい感触が伝わってくる。

 釘原いろはという人間を、俺はどう捉えるべきなのか。


 目を閉じて考える。


 こいつはやっぱり胡散臭い。

 簡単に信用していいのかと言われれば、まず駄目だろう。

 こんな時、勇者と呼ばれたあの優しい人なら、どんな決断を下すかな。


 決まってるな。

 一秒だって迷わないだろう。


 騙されて人が救えるなら、私は喜んで嘘に身をゆだねるよ。


 そんな声が、聞こえた気がした。


「いろは、犬走の居場所の目星はついてるのか」


 自分がどんな奴になってしまったのかは、わからない。

 だから、一番正しいと思える人に倣うとしよう。



「くひひひ、もちろん。私の力なら、そこは余裕だよん」


 にまあっと笑ったいろはの瞳が紫色に輝きだし、黒い星が浮かぶ。

 お下げのリボンをほどけば、髪が意志を持っているかのように、ゆらゆらと広がりだした。


「そんじゃ、よーいドン、ね」


 いろはの言葉と同時に室内のパソコンの電源が一斉に入る。

 機械を自在に操れるらしいこいつには、こいつなりの調べ方があるんだろう。


 俺も、俺のやり方でいく。

 そのためにまず、必要な物を揃えるとしよう。

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