第3話 少女と世界一優しい嘘

一目で分かった。この黒いやつはそこら辺の魔物とは訳が違う。相対するだけで胃の中身がひっくり返るような緊張感と押し潰されそうなほどの威圧感が体に降り注ぐ。


魔物?なのか。以前町で見た攻略班が公布していた魔物一覧には載っていなかったはず。仮に魔物だとすると少なくとも下層3級以上って事になる。

精鋭揃いの攻略班をもってしても攻略が停滞するほどの危険な領域から来たとなると正直勝つとか負けるとか以前に生きれるかどうかの問題になってくる。


お嬢様を一瞥する。顔色がひどく悪い。13歳と言えどもまだまだ子供だ。威圧感に耐えられないらしい。出来ることなら一刻も早くここから離れたいのだが、あの黒いやつがそれを許すかは分からない。


思考する。思考するがその場から一歩たりとも動けなかった。やつが次にどのような行動に出るか全く予測が立たない。


最優先はお嬢様が無事にゲートまで辿り着くことだ。ゲートはもうすぐそこにある。教会付近は魔物やけが機能してるため襲われる心配はほとんどない。


お嬢様にゲートまで一直線に走ってもらって先に避難してもらうしかない。やつの動きが読めない以上初動は後手に回ってしまうが、そこは意地でも対応するしかない。


「お嬢様、ゲートの位置は知っていますね?私が合図したらそこまで止まらずに走り続けてください。」


「ゆうも一緒よね?」


あえて触れなかったところを的確についてきた。聡い子だ。


「もちろんです。ちょっとだけあれの足止めをしたらすぐに追いつきますよ。」


私に足止めが務まるかは怪しいところですけどね、と心の中で付け足した。


「本当に?う、嘘じゃない?」


嘘です。でもそうしたい気持ちはやまやまです。

私もまだまだお嬢様の成長を見ていたい、こんなに小さな頃から妹のように可愛がってきたのですから。


「嘘なもんですか。今まで私がお嬢様を騙したことなんてないでしょう?今回も何も変わりませんよ。だから安心して下さい。」


「うん、、、、」


そう変わらない。いつだってお嬢に元気に伸び伸びとくれることを願っているんです。


自分の思い通りにならなくて不貞腐れた時に見せる頬を膨らませて形の良い眉を吊り上げ涙を溜めた表情も、大好きなハンバーグを口いっぱいに頬張った時の輝くような笑顔も、何処からか入ってきた猫を優しく撫でてる時の普段の我儘ぶりからは想像もつかないような慈愛に満ちた表情も大好きです。


だからごめんなさい。とても辛い思いをさせることになると思います。人を信じられなくなるかもしれません、、、


でも、それでも、私はお嬢様にほしい。




あぁ、ほんとに私は







「いつだって愛してます、お嬢様。」







「え、、、、」



黒いそれが私を見た、、、様に感じた。かすかに動きが現れたその瞬間を逃さないように


「いま!走って!」


返事も動きもしないお嬢様。


「エレナ!!走りなさい!」



お嬢様は一瞬の動揺の後、背を向け走り出す。


それとほぼ同時に眼前に黒が迫り。私はそれに飲み込まれた。





***********************************************************


合図したらと、ゆうは言った。そう、走ろうではなくと言った。走るのは私で、ゆうはそこに含まれまい。


昔読んだ本で似たようなセリフがあった。城が魔物に侵略され姫様を逃すために最後橋の上で御付きの騎士が1人、魔物の大群を相手にする、というような話だった。


不安になって一緒に逃げるんだよねと確認したら、もちろんと頷いた。頷いてくれた。


それならなんでそんな表情かおをするの?


それではまるでここでお別れとでも言っているようではないか。


だから聞いたのだ嘘ではないのかと、死ぬつもりなんじゃないかという意味をこめて。それでもゆうは嘘ではないという。安心しろと。


だから信じて待った。走れという言葉を。


それなのに、それなのに、静寂を破った言葉は






————いつだって愛してます、お嬢様—————








え、、、、、


その一言は今までのゆうの発言を全て否定した。


一緒に逃げるつもりなんてやっぱりなかった。私を逃すためにここで死ぬつもりなのだと確信できてしまった。


頭の中をさまざまな思考が大渦のようにせめぎ合う。


なんで今そんなことを言う必要があるの?ほら、やっぱり嘘じゃない。信じてたのに。私はそんなの望んでない。いやだ、ゆうが居なくなるなんていや!誰か私たちを助けてよ、、、。嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき。私が居なければゆうはこんな危険な目に遭わなかったのに。私のせいで、、、、、。私が弱いから。嘘じゃないって言ったじゃん。私はずっとゆうのことが——————。














ゆうの嘘つき。




あの黒いやつも、ゆうも絶対に許さない。




夢中で走り出した私の視界の端でゆうは黒い闇に飲み込まれて消えていった。

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甘やかされて育てられた少女が迷宮で生き抜く話 短髪ちゃん @tomotomo5

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