第2話 少女とメイドと黒いやつ

メイドは魔獣を蹴り飛ばした後すぐさまエレナの部屋に向かったが、タイミングが悪くエレナはこの時台所へ向かっている最中であった。

エレナのいない部屋を見てメイドは最悪の事態を覚悟した。一刻も早くエレナを見つけて、この場所から離れる必要があった。


唐突に出現した魔獣。この現象を説明できるとしたら一つしかない。魔獣顕現。この大陸で稀に起こる災害である。ダンジョン内では定期的に魔獣が発生し、飽和した魔獣が外に溢れてしまうことで発生する。発生場所はランダムであり、それが街の中心ということもあり得た。そのためその都度討伐隊が組まれるが対処は後手にまわってしまうのが現状である。


メイドの知る限り、討伐隊が到着するのは早くても半日後であり、それまで悠長に待っていられる余裕などなかった。

一刻も早くエレナを避難させなければならなかった。


そうしてエレナを探して廊下に出た時だった。


「助けて!ユウゥぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


呼ぶ声が耳に届くと同時に、その声の反響の仕方と建物の構造を参照して居場所を特定したメイドは音を置き去りにして疾走し、目に映ったのは蛇の魔獣がまさにエレナを襲い掛かろうしている所であった。


メイドは疾走の勢いを止めることなくその魔獣へと一直線に向かいしなやかな身のこなしから飛び蹴りを繰り出した。

蹴りの威力に速さ×質量の運動量が加わった一撃は魔獣をその頭骨を打ち砕きながら屋敷の外へと弾き飛ばした。


震えるエレナに寄り添って無事で良かったと告げると安心したのだろう、エレナは再び泣き出した。

それをあやしながら魔獣顕現が起こっていること、今すぐにここから離れて安全な場所まで避難する必要があることを説明すると珍しくエレナは何の反発もせずに大人しく頷いた。


避難ルートは街の教会横にあるゲートを使うことにした。発生場所がわからない以上下手に馬を使っても最悪囲まれて死ぬ事になる。

ゲートは周辺の町村と接続されているためくぐりぬければ安全に避難できる。教会製のゲートは魔力を持つ生き物は通り抜けることが出来ないため魔獣が追いかけてくる心配もないのだ。


難点があるとすれば教会までの道中で魔獣に襲われる可能性が十分にあるという事だが、屋敷での出来事でメイドは対処可能だと判断した。


が、しかし、メイドはその判断を悔いることになる。


「お嬢様、なるべく魔獣に襲われないように注意しながら教会へと向かいますが、魔獣が出たら私が対処しますからどうか心配なさらないでください。

安全は私が保証しますから。」


「うん、、、、ありがとう。」


先ほどからやけに素直に聞いてくれるエレナであったが、いつもよりも口数が少ない事にメイドはこそばゆさを感じた。


「あ、あの、ユウ。それ、、、、」


エレナはようやく落ち着きを取り戻し顔を上げた。そして気づいた。メイドの右腕がだらりと垂れ下がり鮮やかな赤が重力にしたがって下へ、下へ流れていた。


「あぁ、これはさっき魔獣にやられてしまいまして。まぁ、避難にはあまり支障はございませんので。心配には及びませんよ。」


「そうじゃなくて、、い、痛くないの?」


エレナは甘やかされて育ってきた。いじめも起きた初日以降学校に行っていないので、痛みに対して耐性がなかった。紙で指を切っただけでも痛いと文句を垂れ流すくらいには。


そんなエレナにとってメイドの右腕の痛さなど想像もつかなかった。きっと死にたくなるくらい痛いはずなのだ。それなのに目の前のメイドは何でもないように淡々と語り、その上エレナの安全ばかり気にしている。


「流石に痛いですけど、お嬢様が無事であれば全く気になりません。私にとってはお嬢様が痛い思いをする方がよっぽど辛いです。ご存知ないかもしれませんが、これでも私はお嬢様が大好きなんですよ?」


早く日常に戻りたい。エレナのわがままを何でもないかのようにあしらうあの


教会までは歩いて20分ほどあった。屋敷は町から少し外れた場所に建てられているためそれほど大きな町ではないのだが、距離があった。しかしメイドは自身の身体能力を鑑みた結果エレナを背負って走るのが最短と考えた。


*******************


エレナを背負って走る事2分すでに教会までのこり200mほどのところにまで差し掛かっていた。

ここまでは非常に順調に、魔獣に遭遇する事なく、とは言はずちょくちょく出てきたがその尽くはメイドに蹴り飛ばされて一発KOであった。


このまま何事もなく教会へ辿り着けたならどれほど良いだろう。


そう思いながら移り変わる景色を横目に走っていると、目の前に一体の単眼の巨人が現れた。サイクロプスと呼ばれる魔物に分類されるモンスターだった。


「ひっ、、」


エレナが小さく悲鳴を上げる。


「何でサイクロプスがここに?」


頭を捻らせ状況を整理しする。

魔獣顕現はその名の通り魔獣が発生する。しかしサイクロプスは魔物であり魔獣とは異なる分類にあたる。

魔獣顕現で魔物が現れるなど聞いたことがない。


魔獣は魔力で身体を形成するのに対して魔物は人や動物と同じ身体構造をしている。魔獣顕現はその魔力が溢れ出し、溢れ出した先で身体形成をする事で起こる。魔物がここにいる説明がつかないのだ。


考えてわからないなら仕方がない。魔獣も魔物も関係ない。エレナを避難させるためにここで立ち止まるわけにはいかないのだ。


回り道をしても良いがおそらく倒して進む方が早いと判断したメイドは背中からエレナを下ろすとサイクロプスと対峙する。


「さぁ、そこをどいてもらいましょうか!」


サイクロプスはメイドが交戦の姿勢を表すと


グォォオオオオオオオオ


と咆哮をあげ威嚇をすると、手に持った長さ5mはあるであろう棍棒をメイドの頭を目掛けて振りかぶる。


メイドは瞬時に右にかわすと足の膝裏に一撃蹴り払う。すると巨体のバランスが崩れて膝をつく。

すかさず急所の目を目掛けて飛び上がり左腕で殴りつけようとするが、手で目を守られてしまう。


「流石に簡単にはいきませんか」


そのまま手ごと目を吹き飛ばすつもりで殴りつけるとサイクロプスは背中から倒れる。すかさずもう一撃入れようとするが棍棒を振るわれ回避に回った。


すかさず立ち上がったサイクロプスは棍棒を下から薙ぎ払う、いくら身体能力が高くても耐久性があるわけではないため食らえばその時点で肉塊と化す一撃だ。サイドステップでよけ振り抜いた後の大きな隙に脇腹に回転を加えた蹴りを入れた。


人体的には急所に当たる場所に入れたにも関わらず一瞬怯むとすぐに次の攻撃を仕掛けてくる。


もう一度足を崩して目を狙う。今度は片腕を弾いてから目を狙うも当たる前に棍棒がやってくる。仕方がないのでこれを避けるために攻撃を止める。


魔獣と違ってしっかり考えて動いてくるため決定打を入れられない。巨体のため弾き飛ばしてそのうちに逃げることもできそうにない。倒すしかない。


というか、


「そもそも私、ただのメイドなんですが、、」


明後日の方向に飛びそうな思考を戻し目下の問題に集中する。目を手で守られるなら簡単な話守られる前に一撃叩き込めば良い。


「よし。」


決めれば簡単、棍棒を振るうタイミングを見計らいそれを回し蹴り弾くとクラウチングスタートの構えを取り力一杯地面を踏み抜いた。直後


ドォォォオオオンと轟音が鳴り響く。そしてそこには倒れて動かないサイクロプスと拳を振り抜いたメイドがいた。


エレナには轟音が踏み抜いた音なのか、サイクロプスを殴った音なのか判断がつかなかった。


それでもサイクロプスに勝った事にメイドは胸を撫で下ろした。


「ふぅ。何とか、なりましたね。さて、さっさとゲートへ行きましょう。」


メイドは不安そうなエレナを抱きしめると、エレナは少し困ったような顔をしていた。


「どうかしましたか?」


メイドが尋ねると、エレナは悩んだ素ぶりを見せた後


「ねぇ、ゆう。どうし、、て、、」


口を開こうとして、エレナは目を見開いて固まってしまう。冷や汗をかいて肢体がふるえ始める。


「お嬢様?どうかしましたか?」


様子がおかしいエレナにメイドは困惑していると、背後から胃がひっくり返るような禍々しい気配がして振り返る。











黒い、真っ黒い異質な何かがそこにいた。












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