第22話
よく晴れた翌日。
朝の日課を終わらせると、波奈と待ち合わせ場所の探索センター前に急ぐ。
「おはよー、紅葉」
「おはよう波奈」
探索センター前で合流して早速店に向かうと、店先に店長がいない。またどこかで飲んでいるのか。
カウンターを超えて奥に向かうと、事務室に三毛先輩が机の上に突っ伏していたから、忍び足で近づく。
「三毛先輩、おはよーございます」
「ぎっひゃあ」
飛び上がった三毛先輩の動きに驚いた波奈が数歩分下がるのを横目に、気配を探してみたけれど、他の人の反応がどこにもない。
「他の人はいますか」
「ぎひっ。いないよ。驚くから音出してくれよ」
「隠してないです。波奈、この人は三毛先輩、変な笑い方をするコミュ障根暗ヒッキー」
「根暗言うな!」
「不審者にしか見えないけど」
「いい人だよ。不審者に見えるけど。で、三毛先輩、この子は波奈。私と班を組んでる人」
「いひっ、お、おおおお、お前仲間出来たのか」
三毛先輩が震える指で紅葉を向けてきたから、素早く弾いて胸を反らす。
「三毛先輩と違って友達くらいいます」
「ぎひゃあああ」
三毛先輩が頭を抱えて崩れ落ちた。
「何このコント」
「この二人の場合、割といつものことです。後、マスターのご友人は少ないです」
「ボッチ同士の悲しい争いね」
ラーラ余計なこと言わない。波奈も苦笑しない。 そんでもって、早瀬さんいつ来たんですか。
「早瀬さんおはようございます。原さんと大野さんも。なんでいるんですか」
波奈が猫のように跳ねながら振り返る中、各々が挨拶を返してくれる。原さんと大野さんの二人もオーナーから呼出しを受けてきたらしい。早瀬さんは興味本位だとか。
「早瀬さんに原さんと大野さん、この子は班を組むことになった波奈です。波奈、こっちは原さんと大野さん。自衛隊の人」
「雑な纏め方だなぁ。よろしくお願いしますね」
「よ、よろしくお願いします」
頭を掻きながら挨拶する大野さんに、水飲み鳥みたいに頭を下げてお辞儀する波奈。
波奈が頭を上げたと思ったら、グリンという擬音が似合いそうな勢いで顔を向けた途端詰め寄ってくる。
「紅葉! なんで自衛隊の人と知り合いなの? 何したの!」
「落ち着いて。色々あっただけだから。ラーラ、ちょっとお願い」
言うや否や倉庫へと移動する紅葉に、各々が苦笑する中ラーラもため息をつくように上下に移動する。
「何を任されたんでしょうか」
「ぎひっ。気にしなくていいんじゃね」
少しして箱を持った紅葉が戻ってくると、波奈の前に箱を差し出す。
「波奈、これ使えるかな」
「え、一体何?」
「風遊びの腕(かいな) っていうんだけどね」
肘から指の第一関節までを覆う白銀の装甲で、鮮やかな緑色の蔦が意匠として刻まれた所謂手甲というやつ。
「綺麗。でも、防具?」
「ナックルダスター代わりになると思うんだけど、どう?」
「……いけそう」
手甲に見とれながら装着感を試いしている波奈を見ていると、大野さんに肩をつつかれる。
「あれの機能は?」
「風を纏うことによる空気抵抗の軽減と、打撃時の速度強化」
「……それって、ブーストナックルとかって言うやつ?」
「きひっ。それはロケットパンチのことで、その機能はない。ただ、空気の流れを調節して加速させるのと、圧縮空気の噴射で加速させるってだけだ」
「へー、すごいね。軽いし良い感じ」
たいそう気に入ったらしい波奈が軽くシャドーボクシングを始める。
「ロマンは何だろう?」
「原さん、いくらこの店でも何でもかんでもロマンを求めないですよ。とはいっても、あれは……確か……百裂拳とかだったかな」
よくある漫画的表現で拳が無数にある連続パンチ。風の抵抗がなければいけるでしょって言ってたような。
風遊びの腕は体重が軽い人ほど速さが増すんだけど、その分反動というか風に翻弄されやすくなる。使いこなすのはかなりの平衡感覚と体幹が求められる一品。
「それは装着者の魔力を使うタイプだから、残量に気を付けてね。ちなみに
お値段はこれくらい」
「……買います」
「ぎひっ。まいどあり」
三毛先輩がニヤッと笑いながら会計処理と手入れの仕方を伝えていると、オーナーから連絡が来て、搬入口に来てほしいとのこと。
皆で探索センターのバックヤードにある第二資材搬入口へやってくると、大きな荷物の横に落ち着きのない様子のオーナーが立っていた。
「皆さんおはようございます」
三々五々に挨拶を返すと、波奈のことを紹介する前にオーナーが荷物にかけられているカバーに手をかける。
「では、そろそろお披露目と行きましょう」
「オーナー、寝てますか? 目がバッキバキだけど」
「英雄達の活躍の裏で暗躍する凄腕メカニックになれるチャンスがやってきたというのに、寝てなどいられません!」
血走った眼付きで興奮しているオーナーが少し怖いです。あと、博士たちは別に暗躍していないと思う。
「三毛先輩。背中に隠れないでくださいよ」
「きひっ。無理」
紅葉達が戯れている間に、オーナーが荷物にかけられたカバーをまくり上げる。
姿を現したのはタイヤのないバイクのような物。
黒色に茶色が差し色で入ってるどこかで見たカラーリングで、少し細身だけど多層構造の装甲が厳つい。
「これは魔導式飛翔型移動支援機の試験機エアリル。全長二千百ミリメートル、全高六百五十ミリメートル、シート高五百ミリメートルだ。出力は――」
オーナーの呪文のような説明が続く中、大野さんにざっくりと纏めてもらうと、現行の大型バイクの四十倍近い性能を持っているらしい。
簡単に言えば、軍が持っている戦闘機と思えば大体あってるそうだ。
エンジンは魔導炉。ラーラと鈴音の鞘という二つの魔導炉の稼働情報から新規で作り上げた専用品。 小さな魔精石でも数日は全力稼働できるとか。
空気力学と魔法の組み合わせで最高速度は音速越え、最高速度までの加速は驚愕の二秒。
バイクと同じように体とバイクを傾けて曲がることもできるけれど、各所に圧縮空気の噴射口が付いているから超信地旋回が可能。
襲ってくる加速度は、体を鍛えろだって。
さらに、目玉の機能として鈴音の盾がドッキング。
鈴音の盾をバイク側面に合体させることで追加装甲としつつ、盾を起点に魔法障壁を展開して物理と魔法への防御を大幅に向上させる。
理論上、この状態なら水中や宙域での稼働も可能になるとか。
……宙域って宇宙のことだよね? どうしてそんなところが想定に出てくるのかな。
「オーナー、なんてもの作ってるんですか」
「ロマンが滾ったから仕方ない!」
仕方なくない。そう考えたのは、波奈と早瀬さんだけで、原さんたちは目を輝かせてエアリルを見つめつつ拍手している。
「疑問一。これって運転等免許で大丈夫なんですか? どうみても飛行機系統の気がしますが」
「それに関しては、私の方から説明しましょう」
大きく手を挙げた状態で原さんが一歩前に出てくる。指先までピンと伸びているのはさすが自衛官といったところか。横の大野さんが玩具を目の間にした子供みたいな顔をしているのと違って、格好いいです。
「迷宮内での乗り物の使用は許可も何も法律も規定もないので自己責任の世界ですが、迷宮外の使用は戦闘機と同等となると、特例を除き禁止となるでしょう」
よほどの緊急事態なら使用許可が出るらしい。勿論、地上で音速は駄目。
迷宮内で法律も規定もないのは、迷宮内なら事故っても自己責任だから勝手にやってろとか政治家が叫んだからだって。
「問題点二。どうやって持ち運ぶつもりですか」
「普段は地下に置いておけばいいです」
ロマンが滾るからという理由で、地下にも工房があったらしい。
一応、大型の物を整備する為にあるそうだけど、今までは動力源の問題で作れなかったから、自分の車をいじるぐらいしか使ってないんだって。
ちょっと嫌な予感がするは気のせいだろうか。
ちなみに。紅葉が免許を取りに行っている間、ラーラはオーナーの下で総点検を行っていたら、がっつり改造されて戻ってきていた。恐らく、これ関連もその時に足していたと思われる。
「さぁ、試運転と行こうか」
「本当にやるんですか」
「当たり前です。さぁ!」
うん。今日のオーナーは頼りにならなさそう。
ロマンと迷宮と憧れ @borosuzume
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