富士乃宮ポテトフライコールセンター
ぽんぽん丸
幸福仕事
「はい、こちら鰻河原コールセンターです。私担当者の砂肝でございます。はい、はい、それはそれはご愁傷さまでございます。直接お詫びに伺いたいのですがお客様の個人情報を私が拝見するわけにはゆきません。ですので今から私の魂をそちらにお送りいたします。
確かに淀みのない見事な一息だった。受話器はガシャンと音を鳴らすものだけど、素早く、なのに静かに静かに置かれた。
「こうや。隙を見せるな。クレームは淀んだらあかん。常にこっちのペースや」
よそ行きのスリートーン高い声から、すっかり地を這う低い声に切り替わり先輩はそう私に言う。
筋骨隆々。腕に私の太ももがついている。私の太ももよりゴッツゴツのカッチカチである。カーキグリーンの半袖に、黒いカーゴパンツ。ブラウンのテカる革のロングブーツ。もちろん濃いぃサングラス。このコールセンターは充分明るい、でも眩しくないのに。
すぐにまた電話は鳴った。軍曹は口の前に利き手の人差し指をあててしーっとした。そのため利き手じゃないほうで受話器をとった。むずかしそう。形容しても許されるなら可愛い仕草だ。
「はい、もしもし。こちらは七竈コールセンターの私、ヤモリ川がお伺いさせて頂きます。はい、はい。それは誠に恐縮の極みでございます。お客様の遺憾の意に心頭滅却。私共の髄まで染み渡り申しております。今後このようなことがなきよう、社訓に掲げるダンディズムに誓い改善に尽くします。はい、はい。ダンディズムでございます。Official髭に続くあのダンディズムでございます。そのダンディズムに誓ってお詫び申し上げます。担当のヤモリ川がお届けいたしました。失礼いたします」
軍曹。そう軍曹である。姿形、仕事に対する熱量も。受話器から漏れる客のアサルト・ライフルみたいな怒号に怯まぬ姿も。軍曹は続けた。
「一度たりとも同じ名前を使うな。怒ってる奴は2度3度かけてくる。絶対違う名前を使え。混乱は心を折る。混乱した奴から負ける」
もしかすると軍曹は正しいことを言っているのかもしれない。私は新しくバイトのために買った無印良品のメモ帳に110円のボールペンで【正しい】と記入する。その3文字がやっとのことだった。
また電話が鳴った。
軍曹のしーっ。かわいい。
「もしもしごきげんうるわしゅう。内臓ノ助コールセンターのボール・ペンタです。浄水器はクーリング・オフできません。法律にも明記されております。浄水器以外のクーリング・オフは私の得意とするところでございます。憲法に明記がございます。今回はクーリング・オフでしょうか?クリンーグ・オフではございませんでしょうか?これは大変失礼いたしました。クーリング・オンのご依頼ですね。でしたらクリリン・オン窓口のお電話番号お知らせいたします。ドラゴンボールで記憶ください。CHA-RA(しー・えいち・えーのあーる・えー)」
そこでまた滑らかに受話器は置かれた。
「細いな。鍛えろ。コールセンターは筋肉やぞ。筋肉が淀みを消す。声に正しさが宿る。だからここはナンバー・ワン・コールセンターなんや」
ペンタ軍曹はそう言って私の二の腕に触れて、大きな体の重量を掌から放って激励する。
二の腕に触れる大男とのコミニケーション・エラーのトラブル・シューティングのために、辺りを見渡すと確かにムキムキマッチョ・メン・アンド・ウーメンばかりである。皆が一様に受話器に向かってわけのわからない丁寧な発言をしている。
私の細い二の腕は握りつぶされるのではないかと初めは恐れもあったのだが、まるで母のように私の二の腕の一番太いところをべったり包んで温めてくれている。勇気を出して目を合わせるとサングラス越しの目もちい・かわみたいな輝きで優しい。メモする。
【ボール・ペンタ・ラブ】
8文字がやっとのことだった。
電話が鳴った。ペンタ軍曹は私から手を離した。でも出ない。
「人生はいつでもここからやぞ」
低く唸るように言う。私はよくわからない。
「出てみいや」
私は急いで受話器をとった。初陣だ。
「はいもしもし。新幹線ノ村コールセンターの高橋ミツキです」
「高橋ミツキはええぞ。それすごいええぞ」
ボール・ペンタ軍曹は自分の時はしーっとしたのに、私の時は平気でしゃべるのだった。私が新人だからかもしれない。私が事前にしーっとしなかったからかもしれない。
「オンライン・カジノについては私どもの方ではお答えしかねます。令和のロマンです。解釈一致でございますか。暖かいお言葉誠にありがとうございます。」
「自分、お礼に持っていくタイプな。まだ教えてないのにやるな。レア人材ゲットでーす」
私のラブ・メンであるボール・ペンタ軍曹がそう言うと周囲から「テンキュー・ゲット・メン」と掛け声があがる。無論、二の腕や胸を叩いてボディ・パーカションが鳴り響く。収録音声のように皆一糸乱れぬ鳴りだ。
私は調子が崩されるどころかますます熱が入る。
「誠に遺憾ではございますが解釈不一致な点をお伝えいたします。新幹線が本日強風のため全便停止しておりまして、オンライン・カジノへ足を運ぶことが叶いません。新幹線の村コールセンターの恥でございます。誠に申し訳ございません。高橋ミツキでした。失礼いたします」
私が受話器を置くとやはりガチャっと鳴った。私は未熟を痛感した。
「おい、お客様がなんて言ってたか覚えてるか?」
私は背筋を冷やした。その質問、まさに青天の霹靂。未熟の極み。だがマイ・ラブ・メンにウソをつきたくない。
「覚えていません」
「何ひとつ?」
「何ひとつ覚えていません」
マイ・ラブ・メンはラーメン・二郎の寸胴のように太い腕を高くかかげた。私は愚かなことに自分のミスのためにマイ・ラブ・メンが暴力をふるう疑いを抱いて身構えた。一生の後悔である。代わりにマイ・ラブ・メンはぱちんと指を鳴らした。
「ハレルヤ・ニュー・メン!」
コールセンターが鳴動した。皆大声だった。今度はマイ・ラブ・メンも一緒に言ってくれている。祝福である。
「でも遺憾はよくないかも。遺憾はちょっとよくない。政治色が強い」
「かしこまりました!」
私は政治色と決別してビジネス・ミステリアス・ワードに徹底する。
帰り道、私は母の顔が浮かんだ。
「あんた、いつからそうなったん」
私がムキムキマッチョ・メン・アンド・ウーメンのいち員になって、日々ビジネス・ミステリアス・ワードの深淵に浸かっているとしたら近い未来に母はそう言うだろう。
しかしだ、私はこれまでいくつかの仕事をしたのだが、お客様に本当はいらないものを必要だと錯覚させたり、大した価値がないものを生活が豊かに激変するかのようなプレゼンテーションをして売りつけていた。いつもだ。そんなことばかりだ。
それは詐欺・スキームではなく評判も業績もいい会社でだ。ジェームズ・ポンジは死んだのに皆がジェームズ・ポンジたり得るふるまい。
何が違うのだろうか。
前向きと筋肉がある分だけ今日のコールセンターが私は好きだ。正社員登用はあっただろうか。きっと年に2回の人間・ドッグが福利厚生でついてくること間違いないのに、コールセンターのバイトなんて足かけだと思って見ていなかった。
帰って詳しく見返さないといけない。私はついに平凡で前向きな仕事を見つけたのである。以前の仕事帰りはろくにない星を夜空に探した。ごくごく僅かな輝きの星を見つけてちいさな気付きに涙していたのだけどそんな気はもう起きない。
ほら、こんなところにジムがある。ゴールド・ジム。職場の帰り道、自宅との中間地点。金・メダルの立地である。
私は夜空に輝く星など無価値なものは無視して、未来の筋肉のため、マイ・ラブ・メン・アンド・ウーメンと共により良く働くために、入会用紙を頂戴しに自動ドアをくぐった。
そうだ、プロテインも買おう。
富士乃宮ポテトフライコールセンター ぽんぽん丸 @mukuponpon
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