私のアイドルは猫様!

越山あきよし

猫は服を着ない

アイドル、それは人々を魅了する存在。

アイドル、それは人々の憧れとなる存在。

アイドル、それは人々に生きる糧を与えてくれる存在。


そして、私――猫似ねこに貢子みつこにとってのアイドルは――猫のましろである。


🐾


「はわぁ〜かわいい〜」

「よく飽きないわね」


「飽きるわけないじゃん、私の生きがいだよ?」

「そうは言っても、みっちゃん、この猫カフェに通いだしてもう何年よ」


「5年? かな?」

「5年ねぇ。通うのはいいけど私を巻き込まないでよ」


「いいじゃん、同じ病院で生まれた仲なんだし」


私とじゅんちゃん――犬山いぬやま順子じゅんこ――は同じ日に、同じ病院で生まれた仲だ。

それから、小中高大と、同じ学校に通い、社会人になった今でも関係が続いている。


「とりあえずさ、その格好どうにかしようよ」


じゅんちゃんが言うその格好というのは高校時代の学生服のことだ。

ましろに貢ぐことばかり考えて生活し、気づいたら外で着れる服がこれだけになっていた。


「服に使うお金がもったいないじゃん」

「もったいないの基準、おかしくない?」


「そんなことないよ。真の推し活者は身ひとつ、って言うじゃん」

「言わないわよ! そんなこと!」


「じゅんちゃんは常識を知らないだけだよ」

「みっちゃんが常識を語るの?」


頭を抱え苦悶の表情を見せるじゅんちゃん。

なにが彼女をそうさせるのだろう。

私にはわからない。


「身ひとつ、ってことはみっちゃん、裸でここに来るつもり?」

「私はそれでもいいんだけどね」


「人間辞める気?」

「服を着ないだけで人間辞めれて猫になれるんなら、あり」


「なしであってよ!」


じゅんちゃんの苦悶が増す。

どうしたのだろう。

体調でも悪いのかな?

それならそう言うだろう。


じゅんちゃんのことは放っておいて私はましろにおやつをあげる。


「ましろ、お食べ」

「みっちゃん、それ、何回目よ」


「今日はまだ20回目だよ」

「まだって……十分多いと思うけど……」


「今日の目標は千回!」

「前におやつを買い占め過ぎてお店の人に怒られたの憶えてないの?」


「そうだっけ?」

「つい先週のことでしょ?」


「あれって、売上に貢献したことに対するお礼かと思ってた」

「ちっがう! 他のお客様もいらっしゃいますので買い占めはご遠慮くださいって言われてたじゃない」


「そうだっけ?」

「ダメだ。都合よく脳内で変換されてる」


「そんな褒めないでよ」

「褒めてないわよ!」


じゅんちゃんは今日も楽しそうだ。


「そういえばさっき、里親募集のポスター見かけてさ。ましろを迎え入れようと思うんだ」

「大丈夫なの? それ?」


「大丈夫だよ」

「みっちゃん、今、賃貸で一人暮らしよね?」


「そう。今、住んでるとこ、ペット禁止だから引っ越さないと」

「え!?」


「え?」

「あ、そこはちゃんと調べてたのね」


「当然だよ。命を預かるんだからできることはしないと」

「そう。今のを聞いて少し安心したわ」


「それでなんだけど、ましろのためにお城に引っ越そうと思うんだけどいくらかかるかな?」

「急に不安になること言い出した!」


「失敬な。ましろのことを思えば当然考えることだよ」

「城って、観光地にあるようななんとか城みたいなの?」


「どちらかというと、おとぎ話でお姫様が住んでいるようなのかな」

「そんなの必要ない上に何億かかることやら」


「どうせ仕事はリモートだし、田舎でもいいんだけど……」

「古い空き家を買い取るのが現実的な落とし所だと思うんだけどな」


「嫌だよ。新築がいいよ」

「いや、無理でしょ。だいたいみっちゃん、いくら貯金あるの」


「あるわけないじゃん。給料は全部、ましろに使ってるんだから」

「それでよく城に住みたいだなんて言えたな!」


「私がじゃないの。ましろが言ったの」

「んなわけあるか!」


「ほら〜、よく聞いてみ」

「にぁ〜、にぁ〜」


「ね」

「いや、わからん」


「みっちゃんはましろとの親密度が足らないみたいだね」

「そういう問題? とにかく、身の丈に合わないことはやめなさい」


「タワマンぐらいならいけるかな?」

「人の話、聞いてる?」


「身の丈って言ってもわかんないよ」

「普通の賃貸でいいじゃん」


「ましろ様に相応しくない」

「猫が住むのに相応しいってなに?」


「とにかく、ペット可の物件を探すよ」

「そうしなさい」


こうして私はましろを受け入れる準備を始めた。


🐾


無事に引っ越しを終え、ましろを受け入れてからしばらく経ったある日。


「買ってきたわよ」

「ありがとう」


「なんで私がこんなこと……」

「そう言いつつ、じゅんちゃんはやってくれるんだよね」


「外に出れなくなった。助けて〜。なんて連絡が来たらさすがにね」

「さすが、じゅんちゃん」


「それで外に出れないってなに? 普通に元気そうだけど……」

「着る服がないんだよ」


「は? 前まで着てた高校時代の学生服はどうしたの?」

「売った」


「売るなよ! そもそも外に着ていく服がないのにどうやって売ったの?」

「頑張った!」


「頑張るな!」

「大丈夫だよ。通報はされなかったから」


「当たり前よ!」

「結構、高く売れたんだよ。おかげでじゅんちゃんに借りてたお金を返せる。はい、これ」


引っ越し費用やら、ましろの飼育用品やらの購入で借りてたお金をじゅんちゃんに返す。


「もしかしてずっと毛布に包まってるのは……」

「ご名答」


「ご名答、じゃない! 返してくれるのはいいけど、服買いなさいよ」

「外に出る必要ないからいいかな」


「買い出しを頼んだ人のセリフじゃない!」

「また今度頼むね」


「まったく……」

「私はましろと結ばれて幸せですよ」


「結ばれたって、みっちゃん……まぁ、それは置いといて、これを機に貯金することね」

「そうだね。もし、ましろが病気やケガした時にお金がないのを理由に治療を受けれなかったら大変だもんね」


「自分のためじゃないのね」


じゅんちゃんに言われた通り貯金すると言っているのに呆れられている。

嫌だな。私はましろに生涯を捧げるっていつも言ってるのに。

私はじゅんちゃんの反応が不思議でならない。


「みっちゃん、猫が病気やケガした時の治療費の心配してたけど、その時に着る服はどうするのよ」

「あぁ〜」


「考えてなかったのか。これを機に服を買いなさい」

「私はもう猫になったから。猫が服を着るのはおかしいでしょ?」


「人間やれい!」


教訓。


猫のアイドルは人間を卒業させる力がある。

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私のアイドルは猫様! 越山あきよし @koshiyama

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