私の忘れ物

テマキズシ

私の忘れ物


妻が死んだ。原因は強盗だった。


嵐の夜。妻はケーキ屋に向かう途中、逃げていた強盗に巻き込まれ事故にあった。そして強盗諸共死んでしまった。


その日は私の誕生日だった。妻は私にケーキを買いに行こうとして死んだのだ。家にいた私に内緒で…。サプライズの為に…。


その日から、私の人生は全て灰色になった。彼女は私の全てだった。もう私に生きる気力なんて残されていなかった。


もう数日は寝ていない。食事や水分もまともに取っていないから視界がぶれている。頭がまともに働かない。


会社からは長期休暇を言い渡された。どうやら私は相当やばい状態に見えたらしい。


まあ実際にそのとおりだ。私は今まさに自殺をしようとロープを屋根に掛けようと台座に立っていた。


周囲を見渡す。彼女との思い出の家もすっかりゴミだらけになった。彼女が居ない今、ゴミを捨てることすら億劫になっていた。


「…?あれは?……タマ?」


そしてそんなゴミだらけな家の中に猫が倒れていた。あれは確か…タマだ。彼女が大の猫好きで一軒家に引っ越すなら絶対に飼いたいと言っていたっけ…。


そういえばご飯や水を与えていなかった。ああ。餓死したのか…。庭に埋めよう。済まないタマ…。完全に忘れていた。……ごめんな。


正直タマにいい思い出はなかった。ご飯もそんなに食べてくれないし、私や妻に決して靡くことがなかった。


だけどタマが死んだのは私の責任。キチンと墓を作ってあげないと…。


私はタマを抱えて外に出る。今日は夜空に流星群が輝いていた。私は知らないがそういう日なのだろう。


外にある倉庫からシャベルを取り出し、庭を掘っていく。


「…ん?…何か当たった?」


中から猫用の缶詰が何個か出てくる。思い出した。タマはよく大切な物を埋めていた。妻は猫のタイムカプセルだと言っていたっけ。


掘れば掘るほど多くの道具が出てきた。タマはどんだけ物を隠してたんだ?


「あれ?これは…キーホルダー?」


それはかつて妻とよく行った遊園地のキャラのキーホルダー。妻はこのナツメウナギのようなキャラが大好きでよく集めていたっけ。


「…う……うう。」


涙が止まらない。妻との思い出が私の心を抉ってくる。速くこの辺りのものを全てどかしてしまおう。


更に深く掘ろうとすると、今度は猫じゃらしが出てきた。これは…確かタマを飼ったときにペットショップの人から貰ったもの。無くしたと思っていたがずっとタマが持っていたのか。


亡き妻の言葉を思い出す。


『私は子供ができないから…この子を子供代わりに育てましょう!きっと貴方に似て優しい子になるわ!約束よ!もし私に何かあってもぜ〜ったいにこの子をキチンと育てること!分かった?』


彼女は子供を産めなかった。何でも産まれた時からの持病らしい。それで子供代わりにタマを…。なんてことだ…。


タマを持つ手が震える。私はタマを死なせてしまった…。なんてことをしてしまったたんだ。彼女の約束を私は忘れていた…。なんて愚かなことをしてしまったんだ。


その場で私は崩れ落ちた。そんな時だった。崩れ落ちた時に私が落とした猫じゃらしが、土に埋もれた道具に落ちた。


『変身!!ゼットマン!!』


ポップな音楽とともに機会音声が聞こえてくる。これは…私が小学生の頃、始めて妻に出会ったときに着けていた変身ベルトだ。何故こんな物をタマが隠していた?


変身ベルトに触れると昔を思い出した。


あの頃の俺はヒーローに憧れていた。変身ベルトを付けては町中をパトロールする毎日。そんな時に彼女と出会った。


彼女はイジメを受けていた。持病のせいで顔が曲がっていたことが子供達の好奇心に触れたのだろう。その日は公園でヒーローごっこと称して子供達に殴られていた。


私はすぐに泣いていた彼女を助けるために動いた。これが妻との出会いだった。


ぼろぼろになりながら、私は彼女を助けた。だけど彼女が泣き止むことはなかった。だから私は約束をした。


たとえどんなことがあろうとも、私は君を助ける。約束だ!私は絶対に約束を破らない!


「あ、ああああああ!!!」


もう駄目だ…。耐えられない…。


私は涙が止まらず溢れ出る。体は水分不足だというのに止まらない。体が痙攣して倒れてしまった。そんな私の側に一枚の写真が埋められていた。


私と妻。そしてタマが写っていた。写真はタマのヨダレでヨロヨロになっている。


アルバムから消えていた一枚の写真。こんなところにあったのか…。


「あ、ああ…。タマ…。そうだったのか。」


タマはこれを埋めていたのか…。タマは私達のことを大事だと思ってくれたのか。タマが死んで…ようやくタマの気持ちを理解することができた。だがもう遅かった。


私の人生は後悔だらけだ。もしあの日妻が外に出るのを見つけて止めていたら…。タマにご飯をあげていたら…。


「ごめん…ごめんな…。」


私はタマを抱えて慟哭した。涙がタマに当たる。その時、夜空の流星群がピカリと光った気がした。















「二…ニャァ。」


「え…ええ!?」


タマが目を覚ました!?!ありえない。脈は止まっていた!俺は慌てながらもすぐに水と食事を取り出し食べさせる。


タマはバクバクムシャムシャと勢いよく食事をしている。間違いない…生きている。タマは生きていた。


「良かった………良かった!………ごめんなタマ。」


私はタマの眼の前で頭を下げる。私のせいで一度は死んでいた。本当に愚かな男だ。


タマはそんな私の頭に手を乗せてくる。


「…タマ?」


「ニャアーー!!!!」


「ヘブー!!!!!」


顎に綺麗な猫パンチを食らった私は、そのまま気を失った。






















あれから一ヶ月の時が経った。


私は元気を取り戻し、今日も会社で仕事をしている。そして帰りの時間になると、生きの良い魚を買って家へと帰る。


「タマ!!今日も買ってきたよ!!」


「ニャア。」


タマは今まで以上猫様になっていた。だけど私はタマが元気に育ってくれることが嬉しかった。


「ありがとうな。タマ。」


この子のお陰で私の人生に色が戻ってきた。私はこれから先、多くの苦悩を味わうことだろう。


だが、今の私なら乗り越えられる。タマを撫でながら私はそう確信した。

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