第7話

『空也はこれ資格を得るために三年を費やしてきた。それを今ここで何の条件もなしに渡されることは、努力を無駄にすることと同義、か。ま、いいよ。それなら条件を付けよう。達成できなければ空也には問答無用でこの資格を受け取ってもらう。もし達成できたなら、その時は空也。君の事は諦めるよ。―条件は』




「『一か月で黒瀬と共に長夜ダンジョンを十階層まで突破すること』なんだよ・・・・!だから助けてくれ!黒瀬!」


「スライムくらいひとりで倒してください」


 長夜ダンジョン二階層にて。

 俺は磨屋が課した条件に同意して黒瀬とともにダンジョンに乗り込み、スライムに負けかけていた。


「そんな殺生な。俺は魔法使えないんだよ!」


「知ってますよ。しかし私はサポートに徹するよう言われています。磨屋さんに貰ったその剣で戦えばいいでしょう」


 そう言って黒瀬は俺の腰にぶら下がっている日本刀を指さす。いかにも高級そうな鞘に納められたそれは、彼女が言う通り、ダンジョンに入る前に磨屋に渡されたものだった。名前は〈寂〉というらしい。腕利きの刀鍛冶が打った名刀で、その神秘性から魔道具としても使えるそうだ。


「ああ、やってやるよ!」


 スライムに顔を覆われかけながら、俺は名刀の柄に手をかける。


「頼むぞ名刀〈寂〉!」



 ―かくして抜かれた〈寂〉の刀身は―錆びていた。くだらない言葉遊びでも何でもなくただただ普通に、赤茶色でボロボロだった。


「撤退!」


 黒瀬はため息をつき、一階のスポーン地点魔法陣を起動した。





 一階層ボスフロア。

 かつてゴブリンたちが跋扈ばっこしていたそこは今やきれいさっぱり片づけられ、水や食料を補給するダンジョン内のオアシスと化していた。


 飲料水を飲み干して一息ついていた俺に、黒瀬がスマホの画面を突き付けてくる。


「これ、〈寂〉に関する記事です」


「ウィ〇ペディアあるのかよ」


「みたいですね。読んでみてください」


「え、ああ」


 黒瀬からスマホを受け取り、一・二行読み進めたところで、彼女はしびれを切らしたように「やっぱりいいです」と言ってスマホを取り上げた。


「遅いので私が要約します。名刀〈寂〉の錆びは魔力を込めることによって剥がれる。そしてその〈寂〉が剥がれた時―なんかすごいことがおこる」


「なんか、すごいこと?」


「なんかすごいことです」


 なんだそれは。というか。


「お前、さっきから俺の事バカにしてるだろ。初めて会った時のあの純粋な感じはどこ行ったんだよ!」


「あの時はここまで長く関わるとは思っていなかったので。残念ながらこれが私の本性です。長い間二人きりでいるのに自分を偽るとストレスが溜まってパフォーマンスが下がる。だから私はあえてこうして万人受けしない本当の姿を晒しているんです。合理的でしょう?」


「どうだかな」


 それは大分綱渡りなコミュニケーションのように思える。自分の本当の姿を晒し、嫌われたらどうするのだろうか。それでは本末転倒になってしまうのではないか―俺含め多くの人はそう考える。だからすぐに自分をさらけ出したりはしない。仮面をかぶり、相手の出方をうかがう。それをする必要が無いのは、『相手を選ぶ権利』がある、極一部の人々だけだ。

 そして悔しいことに、彼女は紛れもなく『そちら側』の人間だった。


 黒瀬澪。

 容姿端麗。頭脳明晰。

 大抵の事は少しやればこなしてしまう、正しく天才だ。

 現に彼女はたった二週間で特例的に行われた探索者資格試験を突破し、Bランク探索者になってしまったのだから。軽々と俺の三年を飛び越してしまったのだから。

 ここまでずば抜けていると比較するのも馬鹿らしくなってくるが、それでもやはり劣等感を感じてしまう自分がいた。


「・・・・まあ、なんにせよどうにかしなくちゃならない。二階層に入ってすでに三日だ。このままじゃ一か月の期限に間に合わない。アタッカーは基本的に魔法が使えない。唯一の攻撃手段である〈寂〉は魔力を込めないと使えないが俺は魔力を扱えない」


「もう、答えは出ているようなものだと思いますけど」


 頭を抱える俺に、黒瀬は相変わらず無感情な顔で、まるで独り言のように言った。


「私と魔力回路パスをつなぎましょう。式見さん」


「どうやって?」


「決まっているでしょう。肉体接触キスです」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

生贄向きの探索者~魔力ゼロの男、ダンジョン探索者となり世界を救う~ 明け方 @203kouchi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ