第6話

 九月某日。

 東京都・〈協会〉本部。

 円卓を囲み、各部門のトップによる定例会議が行われていた。


「―続いての議題は、意識を回復した式見空也の処遇についてです。こちらにおきましては前回すでに仮決定されていますので、改めてその確認を行うという形をとらせていただきます」


 司会を務める部長―目の下にクマを作り、今にも倒れそうな初老の男―はそう言うと背面のスクリーンを切り替えた。


「現場検証を行った伊ノ浦霧木によると、〈犠牲魔法サクリファイス〉を使い、ゴブリンの〈祭祀フェス〉を壊滅に追い込んだのは式見空也でほぼ確定。ただ魔力ゼロであるにも関わらず、魔力があることを前提とした〈犠牲魔法サクリファイス〉を使えた理由など、いくつか疑問点が残る形となりました。またこの事件に巻き込まれた黒瀬澪―黒瀬夫妻の娘に関しても不審点があり、さらにこのタイミングで〈ヴェリタス〉の追跡が途絶えました。このように現在、最悪の事態を招きかねない不確定要素が重なっている状況にあります。そこで我々は式見空也をしかるべき魔法研究機関で保護し、引き続き調査を」


 と、その時だった。結論を遮るように、会議室のドアが蹴り破られたのは。


「あーいや、それよりいい案があるんだけど、聞いてくれない?」


 状況にそぐわない緊張感のない声にざわつく室内。


「あ、あなたは」


 支部長は充血しきった眼を見開き、呻くように言う。


磨屋美錫とぎやみすず・・・・!」


 その人物は、侍を思わせる浅葱色の和服を纏い、腰に刀を二本帯刀している―女性。


「ご名答」


 言いつつ、長い銀髪を揺らしながら、彼女はゆったりと支部長の元へ歩を進める。止めに入ることが出来る者は一人もいない。


「案は極めて単純。長夜町の支部、人が集まらなくて困ってるらしいじゃん?そこ、美錫が引き受けるよ。黒瀬澪と式見空也もそこ支部で引き受けて美錫が監視する。正体不明とはいえ二人とも規格外の力を持っていることに変わりはないんでしょ?それをダンジョン攻略に有効活用しつつ監視する―どう?いい案だと思わない?思うよね?」


 にっこりと微笑んで言う磨屋。そこには有無を言わせない圧があった。


「で、ですがやはり正体の解明を」


「そんなの一緒に過ごせばその内わかるよ。美錫、人を見る目には自信があるんだ。いいよね?」


「しかしあなたは別の任務が」


「いいよね?」


「は、はい・・・・」


 支部長は白目をむいて倒れた。そんな彼を心配することもなく、磨屋美錫は意気揚々と会議室を後にしたのだった。






「―と、言うわけで今日から君は磨屋美錫がリーダーを務める、長夜支部の一員です!」


「・・・・は?」


 退院前夜。俺の元に現れた侍により、束の間の平穏は跡形もなく消し飛ばされた。


「まあ、困惑するのも分かるよ。いきなりだもんね。でもこれはもう決定事項なの。いまさら変えることはできない。猶予もない。だから退路を、逃げ道を絶ってあげる。選択肢を奪ってあげる。これを見て」


 そう言って磨屋が差し出したのは、一枚の封筒だった。中身は―


「裁判所からの呼び出し⁉」


「ご名答」


「いやいやいやあり得ない。俺は紆余曲折うよきょくせつはあれど至極真っ当に二十二年間生きてきたんだぞ?」


「家賃」


 彼女が言ったその一言で、悟った。

 そうだ。忘れていた。完全に忘れていた。俺は予備校の学費を叔父に負担してもらう代わりに、生活費は自分で工面していた。家賃は口座から引き落とされる。一、二か月分の貯蓄はあれど半年となるとさすがに厳しい。


「これで空也は生活の基盤を失った。でも安心して。美錫のところに来れば衣食住は保証する。それに、これを得ることもできる」


 磨屋が掲げたのは、手のひらサイズの小さなカード。

 俺はそれを、知っていた。だってそれは。


「探索者資格証・・・・!」


「そうだよ。どう?来るしかなくなったでしょ」


「いや、断る」


「・・・・え?」

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