第7話 軽音楽部
放課後、校舎の端にある小さな教室の引き戸には「けいおん部!」と決して綺麗とは言えない字で書いてある紙が貼られてある。
「ここだよ!芽実ちゃんが本当に来てくれて嬉しいよー!」
奈良の方は見ずに隣でニコニコしている気配だけを感じる。
「とりあえず体験入部なんで」
今日の昼休みのことだ。
七星がいつまでも嫌がっている私の手を引っ張って藤澤くんのところまで連れて行き
「芽実が軽音入りたいんだって」
と高らかに言った。
「え」
と戸惑った彼に
「桜木先輩とお近づきになりたいんだって」
といったあとも訝しむ顔に、奈良くんの言葉にも背中押されたみたいで、と余計なことを付け加えた。
ねぇー、と私だけを見た七星の目があまりにも怖かったので、へへへ、とその場で作れる精一杯の笑顔をつくった。
おはようございまーす
と入った部室は聞いていた通り楽器やら謎の荷物やらで狭い。
そこには5人ほど適当な場所に腰掛けながら雑談しているようだった。
ちょうどその中心に咲く花。
桜木先輩がこちらにおはよーといいながらサラサラの髪をゆらして顔を向けた。
自分の顔が緩むのがわかる。昨日よりも可愛くなってませんか桜木先輩……
キュンとしながらもその髪の動きは“たゆたう”とは違うんだろうな、となんとなく思った。
「あら。昨日のお客さん」
「そーなんです、昨日桜木先輩に一目惚れしちゃったらしくて軽音入りたいんだって!ねー芽実ちゃん!」
心の中でした舌打ちが現実に出ていなことを祈った。
えー!と嬉しそうに駆け寄ってくる。可愛い人。
「あ、あの。楽器とか全然出来ないし、ほんとになんとなく、ちょーっとだけ興味があるだけで……体験入部的な、とか。いいですかねぇ?」
軽音やる気なんて全然無い。とにかく短期間で“そら”を探しにきただけ。出来るだけ早く見つけてここから逃げ出したい。
「めっちゃウェルカムだよ!女の子少ないし!私は部長の桜木あかねです!」
あかね。
「中川芽実です。よろしくお願いします」
軽くお辞儀をしてずれた眼鏡を直した。
その手で自分の視線を軽く隠しながら部屋の中に並ぶ顔をざっと攫う。
他に男子が3人。
「まるちゃーん!練習ちゃんとやってんのー?」
と一番奥のひとりに寄っていったベタベタ引っ付く奈良を困り顔であしらいながら「がんばってるよぉ」と答える、気弱そうな眼鏡の青い上履きを履く2年生。
「あかねちゃん良かったじゃん、女の子!」
と寄ってきたのは赤い上履き、3年。
柔らかい雰囲気の優しそうなイケメン。
「うん。芽実ちゃん、これ渡瀬ゆずる」
「これ、はないでしょ」
笑い合っている。この雰囲気は
「私の彼氏」
えへへ。と笑う。
「芽実ちゃん失恋だねー!残念だったねー!」
「そうなんですね、美男美女カップル!」
遠くから奈良が煽ってくるが、やっと感情を動かさずスルーできるスキルを身に付けた。
視線を感じる方に目をやってみると、もうひとりドラムセットを前に座っている大柄な男子がこちらを見ている。
足元の大きなタイコのせいで上履きの色が見えないし、なんの声もかけてこない。
「あれ1年だよ。」
「え」
驚いてそう話す藤澤くんの顔を見た。
「3組の後藤。知らないか」
「……ごめん」
見たこと無かったかな?ともう一度後藤くんの方を向く。
「人見知りだから慣れるまであんまり喋んないけど」
人見知りとはいえずっと私をみているが。
「はは」
なんとなく笑ってみるとやっと視線を外してくれた。
「音楽室の時、もうちょっと沢山いなかった?」
「昼はね、なんか集まってくるけど。関係ない友達とか籍だけあるやつとかがたまにくるくらいで」
「へぇ」
「芽実ちゃんはどの楽器したいとかある?」
きらきらと桜木先輩が訊いてくる。
「えっ……いや」
どうしよう、どれもやりたくない。
助けを求めるように隣の藤澤くんを見た。
奈良に教わるのは嫌だし、まるちゃんや後藤とのコミュニケーションには自信がない。
3年の先輩が一番良さそうだが短い期間で踏み込めるほどの自分の緊張が解けそうも無い。
だとしたら彼が一番良さそうだ。
藤澤くんは隠す事なく明らかに嫌そうな顔をしているがこれは水色のノートのためである。
「あぁ、希望がないんだったら藤澤くんにギター教わるのがいいかもね。面倒見いいし他の誰よりいいと思う」
さらっと毒を吐く桜木先輩に
「えー!!俺との約束はー!??」
と奈良がうるさい。
「えっ、いや……」
「まあまあ!俺らが卒部したあと軽音を引っ張ってくのはお前だと思ってるから!あと一カ月もないぞ!」
渡瀬先輩が藤澤くんの肩をばんばんと叩いた。
確かにもう9月だ。
変なタイミングの体験入部だと思われているだろうがこっちからしてみればギリギリセーフ。
「25日の文化祭が3年は最期なんだ」
文化祭か。なんとかそれまでに“そら”を見つけなくては。
「それまで3週間もないな。芽実ちゃんさ、楽器はそれまでには無理だろうけど、歌うのはどう?」
「えっ!?」
桜木先輩のアイデアに渡瀬先輩や奈良の「それいいね!」の空気が流れる。
「せっかくこうして来てくれたんだもん、私芽実ちゃんとやりたいな。上手いとか下手とか関係ないの、一緒に音楽したい」
不純な動機でここに居ることに後ろめたさを感じた。
「お願い、一曲だけ」
例えばこの人が本当に“そら”だとしたら。
このお願いを叶えて、ノートから貰った気持ちを返せることになるかもしれない。
「自信、無いですけど。やってみようかな……」
「やったー!!」
渡瀬先輩、まるちゃん、奈良が喜んでいる。
後藤も小さく頷いている。
隣の藤澤くんからは「正気かよ」と聞こえた気がした。
ですよねー……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます