申し訳ありません
@aiuchi-yu
第1話
男はドアをノックした。
一回目では返事がなく、二回目でようやくドアが開いた。
「はい、どちら様でしょうか」
ドアを開けて現れたのは若い女性。一般的な感覚で言えば美人の範疇に入るだろう、男はたちまちその女性の姿に目を奪われた。それはその容姿が美しかったこともあるが、それだけではなく顔が密かに想いを寄せていた高校時代の恩師によく似ていたからだ。
「この近くに越してきた者で、引っ越しのご挨拶に伺ったのですが……。失礼ですがこちらに山田先生、いや山田、ええと下の名前は覚えていないのですが……」
「私の母は、昔学校の教師でしたが」
「ああ、やっぱりそうでしたか。実は私は高校時代に山田先生にお世話になっておりまして……」
思いがけず恩師と再会しそうになり、男は急に懐かしさを感じだした。
「と、言うことは、あなたは山田先生の娘さん? いやあ、先生によく似ていらっしゃる。特にきれいなところが――、あ、すいません、気に触ったのでしたら謝ります。
……それで、先生は今ご在宅でしょうか。一言ごあいさつ申し上げたいのですが」
すると女は表情を曇らせてこう言った。
「母は、もう亡くなります」
「そう――、ですか」
男は肩を落とした。
「先生はまだお若かったはずですよね。何かの病気で、それとも事故にでも遭われたんですか?」
そこまで聞いたところで男にはあることが引っかかった。女は『母は、もう亡くなります』と言った。過去形ではなく今、これから起こる事のように。
言い間違いだろうかと思っていると、女の手に血の付いた包丁が握られているのに気がついた。
男が驚いて顔を上げると、
「わざわざ来ていただいたのに、申し訳ありません」
と言って、女は深々と頭を下げた。
――終わり
申し訳ありません @aiuchi-yu
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