陰陽師の孫、式神姫の孫娘を相続したら、「あなたを主とは認めないっ!」と決闘を申し込まれた。

天菜真祭

第1話  陰陽師の孫、式神少女の『全部』を視た。


一ノ瀬いちのせ 海浬かいりが、各務流かがみりゅう陰陽師おんみょうじ宗家そうけの地位を継承し、式神を相続する。

 なお、地位継承と式神相続がなされない場合は、すべての相続財産、総額50億円は国庫に寄付とする」


 祖母が遺した遺言状を、弁護士が読み上げた。

 集まった親戚筋の誰もが、一斉に俺を見返した。

 それが、すべての始まりだった。



  ◇  ◇



12月1日 月曜日 午後23時55分

各務宗家 地下祭儀場

#Voice :一ノ瀬いちのせ 海浬かいり


 祖母が遺した式神姫の少女が、俺の前にいる。雪色の式神姫。透くような白い肌、少し幼げだが、怖いくらいに端正な顔立ち。鋭い視線が俺を射抜いている。


雪那せつなと、申します」


 雪色の式神少女の声は、凛と澄んで冷たい。たったひとことだけ、名を告げた。祖母を亡くした。存在の『源泉』を喪失した式神は、消滅する運命だ。


「俺の名前は、一ノ瀬 海浬。各務流陰陽師宗家を継承し、キミを相続財産として受け取った。キミが存在を維持するためには、俺の式神になる必要がある」


 俺は、ゆっくり言い聞かせるように話した。

 息が白い。

 12月初めの深夜、気温は氷温に近い。

 古文書の記述に従った。母屋の地下に隠されていた祭儀場に、円環陣を描き、周囲を囲むように姿見を並べた。冷えた薄闇の中、鏡に囲まれて、俺と式神少女が向かい合っていた。


「はい。理解しています」

 式神少女のメゾソプラノの声は、凛と冷えて響いた。


「始めるぞ」

「はい」


 明治初期のものとされる古文書の記載は、以下のとおり。


 ――式神を相続する手順は、陰陽師と式神が接吻キスを交わし、しかる後に式神の全てを記憶に留めること。


 理解できる内容だと思った。

 陰陽師は自身が生み出した式神について、全てを知っている。完全なイメージが記憶にある。イメージによって、陰陽師と式神は繋がっている。

 だから、他者が生み出した式神を、新しく配下に加えるならば、その式神について全てのイメージを取得する必要がある。


 だが、つい先日まで普通の高校生だった俺は、陰陽師と式神の儀式について、文字の上でしか理解していなかった。祖母の影響もあり、書籍だけは読んでいた。うわべだけの知識ならあった。

 振り返って思えば、そこが、失敗の原因だった。


 式神の少女を抱き寄せた。

 少女が瞳を閉じた。

 唇よりも先に胸元が触れた。巫女の姿に似せた衣装だが、生地が薄くて少女の胸のたおやかさが伝わってくる。


 意を決して――

 淡い色の唇に、かすかに触れた。


「なっ!?」

「えっ? きゃっっっ!?」


 微かに触れるキスをしただけだ。

 なのに、式神少女の衣装が、いきなり、全部、弾け飛んだ。

 まるで新雪のような白色。美少女の全身が、俺の前に曝け出されていた。姿見、つまり全身が映るサイズの鏡を周囲に並べているため、少女の姿は背中まで全て見えた。


 少女は、一瞬、立ち尽くしていた。

 怜悧な瞳が、驚きのあまり見開かれていた。


 正直に話そう。式神少女の美しさの全てが見えた。俺は動体視力なら自信がある。さらに映像記憶も完璧だ。一瞬でもしっかり見たものは忘れない。


 「なるほど、そういうことか」


 式神を相続する儀式について、実行した結果、改めて理解できた。

 陰陽師と式神はイメージでつながっている。

 これは陰陽師が、式神の姿に関する視覚情報を、完全に取得するための儀式だ。


「きゃ やっ きゃ きゃ」


 式神少女は、全身をことに気付いた。胸元のたおやかさを両手で隠しながら、床にへたり込んだ。両足をすり合わせて体をかばっている。

 先ほどまでの冷淡さは解けて、慌てふためく姿は何気に可愛らしい。


「ごめん、びっくりさせたみたいだね。俺も知らなくて、驚いたよ。でも、もう、終わったから、もう、大丈夫だ」


 式神少女を俺の配下に加える儀式は完了していた。

 俺の中に、式神少女へ向かい力が流れていく感覚がある。

 俺が、この式神姫の少女の『源泉』になった。

 散らばった衣装を拾い集めて、少女に手渡した。


 式神少女は、半泣き状態だ。

「しょ、消滅寸前の危機を救ってくださり、ありがとうございます…… で、でも……」

 少女は、手渡された衣装を両手で抱き、俺を上目遣いに睨んだ。清楚な乙女としてこんな事態は、容認できない。そんな顔をしていたはずだ。


「で、でも、こんな…… こんなこと……」


 空気が急激に冷えていくのがわかる。比喩表現じゃない。本当に地下祭儀場の気温が急激に氷点下へ落ちていく。これ、この式神少女の能力だ。

 祖母が亡くなり、式神少女は力を与えてもらう『源泉』を喪失していた。存在を維持することだけで精一杯で、何も能力を発揮できない状態だった。実際、先ほどまでは生気を失い、壊れた日本人形のようだった。


 俺を力の『源泉』に得た途端、これだ。

 可憐な少女の姿をしているが、国家が危険視するほどの力を持つ、兵器級式神の末裔だ。息をするだけで、周囲を凍らせるとは―― 知識に乏しい俺でさえも、ヤバいと感じた。



  ◇  ◇



 各務流陰陽師は、幕末から明治初期に西洋魔道が流入した際、これら列強の持つ兵器級魔道人形に対抗するために、生み出された一派だ。陰陽師の系譜の中でも、武闘派にカテゴライズされている。


 頬を赤らめて恥じらう美少女を目の前にしているが、俺は苦笑いを隠せなかった。

 兵器級式神少女の宗主となった。

 つまり、国家から危険人物としてマークされ、管理される立場になった。

 ごくごく普通の高校生生活とは、お別れだ。


 それなのに、当の式神少女は…… 脱がされてショックで混乱している。

 苦笑い以外に、俺はどんな顔をしてよいのか、わからなかった。

 

 それでも、女の子を裸にしておくわけにもいかず、声をかけた。


「凄いな、冷却系の呪術を使えるなんて」

 真っ白な息を吐きながら少女を褒め称えた。実際、冷却系の呪術の取得は困難だ。祖母は優れた陰陽師と知っていたが、こんな高性能な式神を従えていたとは、改めて祖母の偉大さを知った。


「キミは物凄くきれいだけど、そろそろ服を着ようか?」


 俺は、新しく宗主となった立場から、優しく声をかけたつもりだった。


 しかし、俺のセリフ、的外れだった。

 鈍感な俺は、式神少女が怒っていることに気付いていなかったんだ。


「こ、この儀式、式神になる子の全部を陰陽師が、っていう内容でしたよね?」

「ああ、そうだ」


の? あたしのこと」

「見た」


「ぜんぶ?」

「全部、見えた。俺は動体視力と、映像記憶なら自信がある。キミの姿はちゃんと記憶したから、力の『源泉』に関しては、もう心配はいらない」


 少女は、衣装を抱いて体を隠しているが、きれいな背中は鏡に映ったままだ。長い黒髪からのぞく、うなじが特に魅力的だ。いわゆる体育座りのポーズなので、少女の背中が可愛らしく見える。


 そこで、ふいに気付いて、俺は余計な一言を言った。


「あ、足の裏だけ見えなかった。少し両足を上げてもらえるか?」

 少女は一瞬、むっとした。が、しかたなく、体育座りのまま、バランスを取って両足を上げた。

 

「あ、もう少し、足の裏をこっちに向けて……」

 言いながら俺は、少女の前に屈んだ。


「なっ、きゃゃっっっっ!」

 両足の裏を見るということは、少女の脚体を下から見上げるのと同じだ。少女は、慌てて太ももを閉じて、隠した。結果、体育座りのポーズのまま両足を上げたバランスが破綻して、ころんと後ろに転がった。


 あ……

 いろいろ見えた。さすがに、言及は避けるべきだろう。


 少女は、慌てて身を起して、ぺたんこ座りになる。

 それから、ひとりでうずくまり、ふるふると身を震わせていた。よく見ると、両手をぎゅっと握っている。


 しばらくして、急に顔を起した。

 端正な顔が、真っ赤に染まっていた。美しい瞳が、ギンっ! と、座っている。

 鈍感極まりないことに、俺は、式神少女が怒っていることに、ここで初めて気付いた。


「こ、こんな辱め、宗主様といえども、許せません!」


 真っ白な布を投げつけてきた。

 

「け、決闘を申し込みますっ!!」


 ふんわりと真っ白い小さな布が、宙を舞い、俺の顔に命中した。


 うん? あ……っ!


 顔に掛かった小さな白い布を、指で摘まんだ。

 そして、困惑して…… まじめに困った挙句、俺は式神少女に苦笑いを返した。


「えっと、決闘の申し込みは手袋ではないかと…… これは、ぱんつ……」


 しっぽを踏まれたネコが毛を逆立てるように、式神少女が叫んだ。

 

「か、返してくださいっっ!」


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次の更新予定

2025年12月6日 17:00

陰陽師の孫、式神姫の孫娘を相続したら、「あなたを主とは認めないっ!」と決闘を申し込まれた。 天菜真祭 @maturi

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