廃屋の女
フィステリアタナカ
廃屋の女
高校三年生の夏休みが始まる。九月から就職試験があるので、その前に仲の良い友達四人で、夏休みたくさん遊ぶ予定だ。今日は隣町にある廃墟へ肝試しに行く為、僕は待ち合わせ場所に行き、そこには友達の軽自動車があった。
「アキヒロ、免許持ってるの?」
「大丈夫。テスト終わってから、合宿で取った」
「それ学校にバレたら――」
「バレないって、心配すんなよ」
アキヒロが免許を持っていることに安心しつつも少し不安のまま、カナとミキヤと一緒にアキヒロの車に乗った。
「ユウスケ、ビビってんの?」
「そんなわけないだろ!」
「何必死になってんだよ。まったく」
アキヒロは車を飛ばす。夜、十時ということもあって道を走っている車は少ない。
「事故んなよ」
「バーカ。俺、ミキヤと違うから」
「何だよ、オレが下手くそみたいに言うな」
アキヒロとミキヤがいつものようにお互いを揶揄う。車内の雰囲気は和気藹々とした感じだ。
「ねえ、後どれくらいで着くの?」
助手席に座ったカナがアキヒロに訊く。
「ナビに到着時間ない?」
「えーっと――あと三十分か」
僕はその二人のやり取りの様子を運転席の後ろから見ていた。カナはたぶんアキヒロのことが好きなのだろう。正直悔しい。運動もできて車も持っていて、僕には無い魅力をアキヒロが持っているから。
「ねえ、コンビニ寄らない?」
カナがそう言ったがアキヒロは返事を返さない。
「アキヒロ、僕もコンビニ寄りたいんだけど」
「わかったよぅ、まったく」
もしかしたらアキヒロは思った以上に神経を使って運転をしているのかもしれない。それなら尚更、コンビニで休憩を取った方がいいだろうし、おそらくカナはトイレに行きたいのだと思う。
「左の方にあるね」
街灯もまばらな道が続く中、コンビニの光が見えた。僕らはそのコンビニに寄り、僕はコーヒーを。カナはトイレに行き、ミキヤはお酒のあるコーナーを見ていた。アキヒロはカウンターの向こうにあるタバコの番号を見ているみたいだ。
「後どのくらいだろうね」
「だーかーらー、ナビ見ろって」
「あっ、そうだね」
みんな車に乗り、廃墟に向けて出発する。
「カナ、これ」
「いいの? ミキヤ」
「いいって、オレの奢り」
「じゃあ、貰うね」
タバコの臭いが車内に充満し、僕は不快になる。正直この臭いは苦手だ。
「ユウスケも飲むか?」
「いらない。僕コーヒー飲んでるし」
「何だよ。ノリ悪いなぁ」
ミキヤは楽し気に。カナは上機嫌。アキヒロは暗がりの中、運転に集中していて、僕は何となく窓の外を眺めた。
「アキヒロ、ここ?」
「ああ、そうだ」
「何か、思ったよりも綺麗だね」
「そうか? 充分ボロいと思うんだけど」
カナがアキヒロに訊き、ミキヤは僕に言う。
「先頭、ユウスケな」
「えっ、何で僕? ジャンケンで決めようよ」
「何? ユウスケ、ビビってんの?」
「ビビってないよ。そう言うミキヤこそビビってるじゃん」
「はぁ? オレ、ビビってねぇし」
ジャンケンで入る順番を決める。まあ、中に入ったら順番なんて関係なくなるのだろうけど。ジャンケンの結果、ミキヤが先頭で、僕は廃墟へ最後に入ることになった。ミキヤがスマホのライトを点け、中に入る。
「ここ人死んだんだよね?」
「二十年くらい前に女子高生が殺されたらしいぞ」
「えっ、何で教えてくれなかったの? あたし怖いんだけど」
「大丈夫、大丈夫。俺がついているから」
カナとアキヒロの声が奥にぶつかり跳ね返ってくる。何とも異様な空気。ミキヤは黙ったままだった。
「こっちに行こうぜ」
アキヒロがそう言う。みんなアキヒロの言葉に従い、廃墟の中を歩いた。
「こっちは何にもねぇな」
「だろ? お前らビビり過ぎだって」
アキヒロが呟き、ミキヤがそう返すと、スマホの光が消えた。
「馬鹿、急に消すなって」
「いや、勝手に消えた」
「ウソだろ」
「誰か代わりにスマホ使ってくれ」
「しょうがねぇな」
そう言ってアキヒロがスマホを取り出すと、目の前に何か白いものが。
みな息を飲み、その白いものを凝視する。女の人だ。腹部には血の様なものが付いていて、明らかにこの世のものでは無いことがわかった。
「うわぁ」
ミキヤが驚き、慌てふためいて僕にぶつかる。僕が転げるとみんな余裕がないのかこの場から走り去ってしまった。
≪ユルサナイ≫
頭の中で言葉が響く。僕は固まってしまった。
≪ゼッタイニユルサナイ≫
その女は顔が青白いまま、目は怒りに満ちていた。
≪アタシヲ――≫
幽霊がそう言うと、奥の方に女の人を犯している男の映像が見えた。女の人は叫んでいる様子で、よく見ると女は幽霊と同じ顔だった。
≪ナンデオカシタノ?≫
急に腹部に痛みを感じ、首には手の感触が。
≪コロシテヤル≫
首が締まる。外から車のエンジンがかかる音が聞こえ、その後バンッという大きな音が聞こえた。
「ま、待っ――」
そう声を絞り出すのが精一杯だった。何で僕なんだ? 僕は人を殺したことなんて無いのに。殺した男を憎む反面、ここに来た自分の愚かさを呪った。
『ママ、すぐ来て! 隣町の廃墟! いいからすぐ来て!』
焦りにも似たカナの声が聞こえた。ああ、僕を置いてみんな逃げたのか。あの大きい音は車が何かにぶつかった音か。そう思いながら、意識が遠くなっていくのがわかった。
◆
『いたぞ!』
誰かがこちらに向かって走っている。大人の人だ。僕は助かったのか? 体が浮いた後、誰かに抱えられているのがわかった。
肌に生ぬるい風が当たる。虫の鳴き声はよく聞き取れなかったが、誰かの泣いている声が聞こえた。
『一緒に乗る人は?』
救急車のサイレンの音が鳴る。僕は救急車に乗せられたのか? 違う。サイレンの音が遠くなる。
◆
気が付くと、いつも見ている天井と、あの白い幽霊が見えた。たぶん自分の部屋だ。苦しい。
≪オマエガー!≫
体は冷たく。ずっと腹部が痛い。首の絞められている感覚も残っていて、幽霊の恨みの対象が自分であることが手に取るようにわかった。
≪ナンデ、ナゼアタシヲ≫
もういい。これ以上苦しいのなら、いっそこのまま殺してくれ。
≪チガウ?≫
そうだよ。僕は違うよ。僕は誰かを殺したこともないし、女の人を犯したこともない。幽霊の戸惑いに僕は弁明する。
幽霊とのやりとりの中、よく知った聞き覚えのある足音が聞こえてきた。部屋の扉をノックする音のあと、父親の声が聞こえた。
「ユウスケ入るぞ」
父親の気配を感じ、僕の様子を見に来たのがわかった。
「大丈夫か? ユウスケ」
≪イタ――≫
廃屋の女 フィステリアタナカ @info_dhalsim
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