惨め

白川津 中々

◾️

派遣社員の澤村さんは実にさっぱりした人だった。


いつも笑顔で覇気があり仕事もしっかりやる。飲みの席では率先して場を盛り上げるような明るい人柄で、誰からも頼りにされていた。


「契約切られちゃったよ」


そんな澤村さんから、タバコ休憩中にそう切り出された。


「え、てっきり無期雇用になるかと思ってたのに」


俺は多少わざとらしく驚いてるみせたが、本当にそう思っているつもりだった。事実、何度かそういう話を社員同士でしていたからだ。


「この会社、昔から派遣とか契約社員でやってる人多いからね。新規勢は難しいよ」


「でも、能力とか、立ち回りを考慮すれば澤村さんなんて普通に雇うメリットあるじゃないですか。なんなら、社員にだって……」


いかにも思慮深そうな、万物の断りを悟ったような物言いをしてしまった。俺は澤村さんを慮っていると、正規非正規の壁など気にしないといった素振りをしてみせ、慈愛や公平たらんとする自分に酔い始めていたのだ。


「……高橋くん」


澤村さんが、優しくも鋭く俺の名を呼んだ。普段の柔和さはなく、悲しそうな、惨めなような表情だった。


「今年、いくつだっけ?」


「二十四です」


「なるほど……一つ、教えてあげるよ」


「え?」


「不用意に歳上の人間を褒めるもんじゃないよ。惨めになるから」


「……」


「それからね。人に対して能力とかメリットとか、そういう小賢しい言葉も使わない方がいい。若い子とかを丸め込むならいいかもだけどね。俺くらいのおじさんになると、美辞麗句にしか聞こえなくなっちゃうから」


「そんなつもりは……」


「つもりはなくてもそう聞こえちゃうものなんだよ。俺は高橋くんとはよく話すし、仲良くしてるから悪気がないのは分かる。けれどね。世の中、友達ばかりじゃないんだ。自分の立ち位置や言葉が与える影響を考えなくちゃいけない」


「……すみません」


「いや、いいんだ。というか、こっちこそごめんね。実は契約切られちゃったの、地味にショックでさ。ちょっと高橋くんに当たっちゃったんだよ」


澤村さんタバコを吸いながら、いつもの笑顔に戻って頭を下げた後、喫煙所から出て行った。

俺はもう何も言えず、恥ずかしさと後悔から泣きそうになってしまったが、本当に泣きたいのは澤村さんだろう。軽々に「切られた」と言っていたが、あの人がどれだけ頑張って安定した職に就きたがっていたか、俺は知っていた。人の嫌がる仕事を全部引き受けて、年下の上司の言葉もしっかり聞いて、周りのフォローもしながらやってきた。「少しでも、母親を安心させたい」という彼の心の内を、俺は知っていたのだ。


澤村さんの母親は寝たきりで、朦朧とした中で「あんたの人生が心配だ」と口にしているそうだ。派遣でも無期契約になれば今よりは生活は安定するだろう。

澤村さんは、それを伝えたかった。ほんの少しだけ、肩の荷を降ろせそうだった。だが、その願いは叶わなかった。俺の軽率な言葉で、澤村さんの心をより苦しめてしまった。


澤村さんの、いつも上がっていた広角が引き攣っていたのを、俺は忘れられない。

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